伝統的工芸品ニュース

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2018/7/13ニュース

飯山市の伝統工芸品「内山紙」を使い小学生が工作

 飯山市の伝統工芸品の「内山紙」をちぎって、地元の小学生たちが工作をしました。
 工作をしたのは、飯山市の東小学校の5、6年生の9人で、トラやウサギの顔などが書かれた内山紙を思い思いの形にちぎりました。
 使われた内山紙は、ながの東急百貨店で開かれるイベント=「白いどうぶつ園」の開催を記念して作られたもので、飯山市内のすべての保育園と幼稚園、小学校に贈られます。
 ちぎった動物は同じく内山紙で作られた模造紙に貼り付けました。
 完成した作品は、ホワイトタイガーや白フクロウなど白い動物を集めて今月26日から、長野市のながの東急百貨店で始まる「白いどうぶつ園」で展示されることになっています。

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2018/7/10ニュース

九州北部豪雨被災の窯元と交流

 去年7月の九州北部豪雨で被災した福岡県の窯元が、9日、福島県を訪れ、浪江町の窯元たちと交流を深めました。
 今回の交流に参加したのは、去年7月の九州北部豪雨で被害を受けた、福岡県東峰村の「小石原焼」の窯元など8人と、原発事故でいまも避難を余儀なくされている浪江町の「大堀相馬焼」の窯元7人で、これまでお互いの陶器を販売するなど支援を行ってきました。
 今回の訪問は被災地の現状を知ってもらおうと、浪江町の窯元の呼びかけで実現しました。
 東峰村の「小石原焼」の窯元たちは、「大堀相馬焼」の産地で、帰還困難区域の大堀地区を浪江町の窯元の案内で、バリケード越しに見学し、「大堀相馬焼」の窯元はばらばらに避難していることや、工房の窯や完成した陶器が事故当時のまま放置されていることなどの説明を受け、真剣な表情で、話に聞き入っていました。
 「小石原焼」の窯元の梶原成美さんは、「被災地の規模の大きさに言葉もありません。小さなことでも今後どんな支援ができるか考えていきたいです」と話していました。
 また、「大堀相馬焼」の窯元の松永武士さんは、「お互いの被災値を見ることでより交流が深まったと思います。これからもいろいろな形でお互い支援を続けていきたいです」と話していました。

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2018/7/5ニュース

蒔絵ガラスで夏の販路開拓 加賀・吉田さん考案 独自の手法、漆の定着度アップ

 加賀市山中温泉長谷田町の漆芸家吉田華正(かしょう)さんが、ガラスの器に蒔絵を施す新たな技法を考案した。漆や金箔はガラスの素地に定着しにくいのが難点だったが、高温で焼き付ける独自の手法によって解決した。涼しげな器が好まれる夏場は伝統的な山中漆器の需要が落ち込む傾向があるといい、吉田さんは涼感を醸す「蒔絵ガラス」の器を県内外に発信して山中漆器の夏の販路を開拓したいと意気込んでいる。

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2018/6/25ニュース

青花紙継承へ講座開催/滋賀

 友禅染の下絵描きに使われ、草津市の花・アオバナの色素を原料とする青花紙の技術継承へ、その歴史と価値を確認する講座が開かれました。
 この講座は、草津市の教育委員会が今年度初めて開催した「担い手セミナー」の一環で開かれたものです。

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2018/6/22ニュース

【福岡】小石原焼の蔵元がネットの出資で復興

 去年の九州豪雨で被災した福岡県東峰村。江戸時代から続く、小石原焼でも有名です。大きな被害を受けた窯元が、インターネットで全国に出資を募り、復興しました。今、支援してくれた人へ、お礼の焼き物を発送する作業がピークを迎えています。
 「飛び鉋」と呼ばれる繊細な幾何学模様が特徴的な東峰村の小石原焼。器を作っているのは原彦窯の梶原大祐さんです。原彦窯は、去年の豪雨で、窯が土砂に埋まるなど、大きな被害を受けました。
 ガス窯などの再建費用、300万円を調達するため、インターネットで出資を募るクラウドファンディングを豪雨の3週間後から始めました。
 出資のお礼に、原彦窯の器などを送る条件を出したところ、全国から200人以上の支援を受け2週間足らずで目標を超える金額が集まりました。去年9月に窯を再開し、今、お礼の器を全国に発送しています。現地に行かなくても出来る新しい支援の形が一つ実を結びました。

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2018/6/21ニュース

「美濃同士」絆強く 台湾・美濃区から美濃市に訪問団

 岐阜県美濃市と友好交流協定を結んでいる台湾・高雄市美濃区の訪問団が20日、美濃市を訪れ、美濃小学校(同市泉町)の児童と交流を楽しんだり、紙すき体験に挑戦したりして同市の文化に触れ、互いに友好を深めた。
 同市と美濃区は、同じ地名が縁で交流を始め、2012年に協定を締結。今回来市したのは、美濃小学校と友好交流協定を結んでいる美濃国民小学の楊瑞霞校長や児童、卒業生らでつくる23人の訪問団。児童が訪れるのは初めてで、美濃小学校で授業を見学した後、体育館で開かれた交流会を楽しんだ。
 交流会には、同校5、6年生118人が参加。6年生が、鼓笛の演奏で出迎えた後、全員で合唱を披露して歓迎。続いて、美濃国民小学の児童が歌や踊りで、美濃区の食べ物や伝統工芸を紹介した。贈り物交換では、美濃小学校児童が「謝謝(ありがとう)」と声を掛けるなどして、終始和やかな雰囲気で友好を深めた。

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2018/6/21ニュース

英国で唐津焼紹介 中里太郎右衛門さんが講演 篠笛奏者佐藤さんの曳山囃子披露も [佐賀県]

 唐津焼窯元の十四代中里太郎右衛門さんが今月、英南部ウィンチェスターで市民向けの講演会を開き、400年以上の歴史がある唐津焼の魅力を紹介した。唐津市出身の篠笛奏者、佐藤和哉さんも同行し、唐津くんちの曳山囃子を演奏するなど伝統文化に親しんでもらった。
 中里さんが昨年、ウィンチェスター出身の25歳の男性研修生を8カ月間、陶房で受け入れたのが縁で、研修生の実家が講演会開催の準備を引き受けた。ウィンチェスターは、かつてイングランドの首都だった古都で、いまも中世の面影を感じさせるレンガ造りの町並みが残る。伝統文化に対する市民の関心は高く、6日の講演会にはホールの席数を上回る200人もの市民が、日本の焼き物について理解を深めようと詰めかけた。

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2018/6/15ニュース

山形屋「東北6県味と技展」はじまる

 東北地方の食や工芸品を集めた物産展が14日から鹿児島市の山形屋で始まりました。
 「東北6県味と技展」は東日本大震災からの復興が進む東北地方の食や工芸品を販売するもので、今回で4回目です。青森、岩手、秋田山形、宮城、福島から76社およそ1400の商品が並んでいます。
 このうち青森の4種類のリンゴを使ったアップルパイや秋田の伝統工芸品「大館曲げわっぱ」など8社が初出店です。旬を迎えている山形のさくらんぼや宮城のずんだ餅なども並び、多くの人でにぎわっていました。
この催しは今月21日まで、鹿児島市の山形屋で開かれています。

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2018/6/14ニュース

日本の伝統工芸品が長春で初展示、便利さと美しさ兼ね備える―中国

 「日本工芸品の形態・伝統と工芸」ツアー展が7日、吉林省長春市で開幕した。日本伝統工芸品にまつわる展示会が中国東北部の同市で開かれるのは今回が初となる。中国新聞網が伝えた。
今回の展示会は長春市人民政府外事僑務事務所、日本国際交流基金会、在瀋陽日本国総領事館の共催により実現した。
 主催者によると、メインで展示される展示品は日本の「伝統的工芸品産業振興法」で指定された「伝統工芸品」となる。
 在瀋陽日本国総領事館の石塚英樹総領事は、「これらはもとより日用品として使われていた実用性のある工芸品だ。職人が陶芸や染織、金属工芸品、漆器、木や竹の工芸品、紙などの原材料の特徴を生かし、巧みな技術や手法を採用したことで生まれた便利さと美しさを兼ね備えた数々の工芸品が展示された」と話した。
 日本では明治時代に産業の近代化が行われ、それまで手作業で作ってきた工芸品が主流だったが、機械の導入により、大量生産を目的とした工業商品へと変わっていった。しかし、明治時代以降は機械工業化の発展が続いていたにも関わらず、日本各地で工芸品の製作を手がける町工場が、少ない生産量の中でもなんとか生き残ってきた。これにより優秀な職人が育まれただけでなく、こういった町工場の職人の中から、多くの個性的な工芸品を作る工芸作家が誕生した。
 石塚総領事は、「中国ツアー展にて展示された日本の伝統工芸品は、日本の工芸分野全体の深みと品質の高さを示している。ツアー展は日中双方の工芸文化などの分野における民間コミュニケーションや協力にポジティブな効果をもたらすだろう」と語った。

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2018/6/14ニュース

戦艦「大和」新たな遺品5点 火薬缶やバブルなど 広島・呉の大和ミュージアム

 太平洋戦争末期、米軍に撃沈された旧日本海軍の戦艦「大和」の建造地、広島県呉市は、沈没海域の鹿児島県沖で新たに引き揚げられた大和の遺品5点を報道関係者に公開した。世界最大級の46センチ主砲の発射に使われた火薬缶などで、遺品を確認した大和ミュージアム(市海事歴史科学館)の戸高一成館長は「大和ならではの装備品で貴重な資料」としている。
 引き揚げたのは、平成28年に呉市の委託を受け、大和の潜水調査を行った海洋調査会社「深田サルベージ建設」(大阪市)。独自の追加調査で、大和の船体付近から計18点の遺品を引き揚げ、国から払い下げを受けた後、同年12月にすべて呉市に寄贈していた。
 今回公開されたのは、火薬缶(直径約50センチ、長さ約86センチ)のほか、備前焼ガイシやバルブなど。当時大和には、火薬缶が約3千個積まれていたとみられる。缶1個に重さ約50キロの火薬袋を2袋保管することができ、主砲1発の発射に5、6袋を使ったという。
 市は今後、大和の図面や写真と照合して設置場所を特定するなど遺品の調査を進めた上で、2年後をめどに一般公開する方針。戸高館長は「70年以上海底にあり、腐食して原形を失っているが、戦争の歴史や悲惨さを考えるときに、ただ話だけではなく、現に悲劇の記録が残っているところを見てほしい」と話した。

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