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TRADITIONAL CRAFTS

金沢仏壇Kanazawa Household Buddhist Altars

金沢仏壇の始まりは17世紀まで遡ることができます。
金沢で仏壇が作られるようになった背景には、室町時代に蓮如上人(れんにょしょうにん)という浄土真宗の僧侶が、北陸地方で教えを広めたため、この地方の多くの人々の間で浄土真宗が信仰されていたことと、加賀藩主によって完成された細工所から、優れた工芸技術者が育ったことがあります。また、徳川幕府の宗門改(しゅうもんあらため)にのっとって、加賀藩が各家庭に仏壇を持つように勧めたことや、加賀百万石と呼ばれる豊かな財力に支えられた華やかな加賀文化があったことから、厳かで美しい金箔や蒔絵技術をふんだんに使った金沢仏壇が作られるようになったのです。

It is possible to trace the origins of Kanazawa Butsudan back to the 17th century. What prompted their production was the sheer number of people who had been converted to the Jodo Shinshu in the Hokuriku region of Japan, after Rennyo-shonin, a Buddhist priest of the same order visited the area to spread the word.
What was also contributive was the number of fine craftsmen which existed in the area as a result of being trained in workshops set up by the third generation feudal lord of the Kaga clan, Maeda Toshitsune and the fifth generation lord, Tsunanori. Furthermore, the Kaga clan encouraged every household to have an altar in keeping with the religious policies of the Tokugawa Shogunate. Also, because Kaga had a rich culture sustained by its well-known assets, production of the Kanazawa style of household Buddhist altar with its impressive tenor and beautiful gold leaf supplemented by maki-e gold and silver lacquering techniques began as a reflection of all these factors.

Given the extent of the popularity of Jodo Shinshu teaching in the area, the demand for household altars here was greater than in some areas. The use of gold leaf became one of the special features of these altars that were established on the carving and maki-e gold and silver decorative lacquering techniques perfected in the Kaga clan workshops.

  • 告示

    技術・技法


    「木地」の構造は、「ほぞ組み」による組立式であること。


    宮殿造りは、「組物地板」を用いる「桝組み」によること。


    塗装は、精製漆の手塗りとし、胴板の部分及び戸板の部分は、「ろいろ仕上げ」をすること。


    彫刻は、「木地彫り」及び「箔彫り」によること。


    蒔絵及び金箔押しをすること。

    原材料


    木地は、「障子腰」のはめ板及び「前指し」にあってはタブ、クス若しくはコクタン又はこれらと同等の材質を有する用材とし、その他の部分にあってはイチョウ、ヒバ、マツ若しくはスギ又はこれらと同等の材質を有する用材とすること。


    金具は、銅、銅合金若しくは銀又はこれらと同等の材質を有する金属製とすること。


    漆は、天然漆とすること。

  • 作業風景

    主な10の工程に沿って、金沢仏壇ができるまでの大きな流れをご紹介します。仏壇が完成する瞬間は、何カ月もかけていくつもの工程を経る金沢仏壇の、伝統の技が光る瞬間です。

    工程1: 木地製造工程

    イチョウやヒバから木地をつくります。十分に乾燥させた木を 所用の寸法に合わせる「木取り」をし、かたどったものをのこぎりなどで厚さや巾を作っていく「荒削り」をします。使用する物差しは木地師が自ら開発した定規、それぞれの木の長さや穴をあける位置など、この定規一本ですべての寸法がわかるようになっています。荒削りが終わったものに、ホゾ、穴、溝、アリ、カマなどを加工していきます。また木地師は後で漆を塗る厚みまで考えるなど、完成を常に意識して作ります。須弥壇についてもその角度の割り出し方には技術を要し、独自の技術で角度をあわせ面を合わせます。すべての部品ができると一度組み立て、やせがでないよう半年程乾かし、塗師に渡されます。

    工程2: 宮殿製造工程

    宮殿(くうでん)とは仏壇の内側の屋根の部分。この部分には日当たりのよい風通しのよい場所で半年以上乾かしたベニマツ、ヒバ、スギ、イチョウなどを使います。必要な寸法に切断する木取りをし、おおまかな厚さや巾にする荒削りをします。ここでも職人独自の道具を使って木取りをします。荒削りをしたものをのみや小刀を使って手作業で仕上げます。特に桝組(ますぐみ)と呼ばれる部分は宮殿に300から400あり、一つ一つ手で作るため、かなりの時間を要します。すべてをあわせると1000個以上の部品からなる宮殿は、上屋根の上部まで見渡せるため細部まで手が抜けず、そのため重厚かつ豪華に仕上げられます。完成品は塗師に渡されます。

    工程3: 箔彫製造工程

    箔彫(はくぼり)は塗加工や箔押しを施した彫刻を作る工程です。細かな彫刻に適したベニマツなどの原木を使います。木取りした材料に下絵をつけ、いくつもの彫刻刀を用いて丹念に彫り上げます。立体感を出し釣り合いを考えながら、形を整えていきます。完成品は塗師に渡されます。

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    工程4: 木地彫製造工程

    木地彫は木肌を見せる前指および障子の上腰、中腰、下腰を作る工程です。材料はイチイ、ツゲ、クワなどの硬い木を半年以上風通しのよい日陰で自然乾燥させたもの。初めに墨や鉛筆で下絵をつけます。叩きのみで荒彫り、削りのみで仕上げ近くまで彫る小造(こづくり)を行ないます。仕上げは、とくさや研磨紙などで磨いていきます。完成後は組立工程に渡されます。

    工程5: 金具製造工程

    仏壇の金具は通常、銅合金か銅板を加工したものを使用し、職人が一つ一つ丹念に作ります。地金を所用の大きさに寸法取りし、針で形をたどります。切りたがねで形を切り、模様たがねで細かく模様を入れていきます。不要な部分をペンチなどで取り除くと形ができあがります。それらを硝酸に2~3秒つけ、十分水洗いして自然乾燥させます。これを酸洗いといい、油やさびをとり除きます。次に表面のゆがみを取るために、ならし槌で平らにならします。この時、材料を伸ばさないように注意します。
    仕上げにめっきの加工をします。上戸金具は青黒く、障子金具は金または銀でめっき加工します。完成品は組み立て工程に渡されます。

    工程6: 塗加工工程

    木地、宮殿、箔彫の完成品がこの工程に入ります。はんだ漆に木粉と布粉を練り合わせたものを刻苧漆といいます。この作業は木地の節目や疵を小刀で削り、その上に刻苧漆をやや高く盛り上げ乾燥させます。下地には錆下地(砥の粉を水で練り合わせたものに下地漆をまぜたもの)を繰り返し数回塗っていきます。そして凹凸をなくすため水をつけた砥石で砥ぎます。これを地砥ぎといいます。地砥ぎの終わったものには、錆紐(さびひも)という、すべての廻り縁に立体感をつける装飾をします。ひもべら で輪郭を高く盛り上げて、十分乾燥させた後研磨紙で磨きあげます。
    次に中塗り。漆を刷毛で薄く塗り十分乾燥させます。漆は湿度で乾くので、漆風呂に入れて乾かします。風呂の中は常に80%の湿度に保たれています。静岡炭に水をつけて再度砥いで、平坦にしてから上塗りをします。上塗りは刷毛目がなく漆が均等で適度な厚みとなるように仕上げるのが重要です。特にほこりがつかないように細心の注意を払います。塗りあがったものは呂色師に渡されます。

    工程7: 蒔絵工程

    蒔絵を施すのは前柱、中柱、壇縁、前戸扉裏、抽斗などがあります。まず面相筆で美濃紙に細かく下絵を描き入れます。それを裏返し漆で下絵をなぞっていきます。そして品物部分にあて刷毛で軽くこすります。漆面についた絵漆の上に銀粉をまくと下絵が浮き上がります。研ぎ出し蒔絵は背景の山や川を描く技法。漆で絵を書き、乾かないうちに金粉などで蒔絵を描いていきます。貝の殻や金銀の切り金を施し、呂色師に磨かれてから、再度蒔絵師に持ち込まれて次の作業が続きます。
    錆上げ(さびあげ)では立体感を出します。下地漆ととのこを混ぜ、水で硬さを調整し、高く盛り上げて絵を描き、自然乾燥させ、墨砥ぎをして凹凸をなくします。さらに研ぎ出し絵以外のところへ、べんがら(顔料)、灰墨を練り合わせた高蒔絵漆を塗り風呂で乾燥させます。これが漆上げと呼ばれる作業です。紛まきは粉入れ用の漆が80%くらい乾いたところで、真綿で金粉をまきます。紛まきは気象の変化によって漆の乾燥の具合が左右され、熟練の技を要します。粉まきのあと風呂で1日乾燥させたあとすり漆を2回行います。生漆にべんがら(顔料)を混ぜ込んだものを紛まき部分にすりこみ、1日乾燥。さらに生漆をすりこみ、さらに半日乾燥させます。そして砥石粉や角粉(鹿の角の粉末にした物)を指先につけて磨き上げます。漆塗り同様、ほこりがかからないように細心の注意をし、上絵をいれて金粉をまくと完成です。完成品は塗師に渡されます。

    工程8: 呂色工程

    漆塗りや蒔絵の品物を磨いてつやを出す工程が呂色です。呂色漆を塗り、風呂で一週間以上乾燥させたものを静岡炭や呂色炭で水砥ぎをし、平面を滑らかにします。砥の粉をナタネ油で練ったものを布につけてこする作業を「胴ずり」といいます。
    呂色炭で磨いたキズは浅いものですが、この作業はキズを消し油分や不純物を除き、砥ぎ面を滑らかにするために行うものです。砥いだあとは、お湯で拭き、さらに柔らかい布で拭きあげます。
    「すり漆」は、綿に生漆をつけたものを全体にすりこみ柔らかく揉んだ和紙で拭き取った後乾燥させること。つやをだすために角粉とナタネ油を混ぜ合わせたものを手の平でこすりあわせ「つや上げ」をします。すり漆とつや出しを2~3回繰り返し深みのあるつやに仕上げます。呂色が済んだものは再び、塗師、蒔絵師のもとへ戻されます。

    工程9: 箔押工程

    金沢特産のを金箔を使って仕上げていきます。金箔をふんだんに使って華麗さを出し、金箔を一枚一枚貼り付けていきます。並べた金箔を綿でおしあて、不要な金箔を取り除きながら密着させていきます。細かい彫刻部分には金箔を小さく切って隙間なく全体に貼り付けます。伝統技法のひとつとして、漆を軽く拭き取ると金箔はつや消しになり、綿をかえて拭き取る漆を多くすると金箔はつや押しになります。風呂で一日乾かし、完成品は組立の工程へ渡されます。

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    工程10: 組立工程

    それぞれの工程が終了した品物はここに集まり組み立てられます。ここでも数十年先のことを考え、ほとんどの部分が釘などを使わずに組み立てられていきます。

     

  • クローズアップ

    華麗な蒔絵と漆の組み合わせがひときわ美しい金沢仏壇

    金沢の歴史的な背景を色濃く繁栄してきた金沢仏壇。木地師、塗師、、金具師、蒔絵師、彫刻師の技の深さとつながりがなければ、これほどの芸術品は生まれることがなかったに違いない。

     

    伝統工芸士ご自慢の貴重なデジタルアーカイブ

    「金沢仏壇の歴史を語るには、まずは仏教のことから話していかなけれはなりません。金沢仏壇の製造が繁栄した背景には、蓮如上人が北陸に巡って来られたことがあります。だから、ここ金沢では、お東さん(浄土真宗)が庶民の間で根付いたんですよ。」
    そう語ってくれたのは、金沢仏壇伝統工芸士の山田泰造さん。パソコン歴はすでに8年、ノ竏茶gパソコンをすいすい使いこなし、仏壇のデジタル画像を見ながらていねいに説明をしてくれた。
    山田さんは、大学時代から、仏壇・仏具の塗を始め、蒔絵も手がけている。蒔絵のきらびやかさと気品が、金沢仏壇の特徴のひとつで、地元の手作りのやわらかな面もちの金箔により、その豪華さをさらに誇っている。

    コンピュータの画面を見ながら仏壇の説明をしてくれる山田さん

    技は、まさに体得。けれども身体で覚えた技は一生もの

    仏壇の世界は、徒弟制度でなく、見て覚えなかればならない。職人さんの手さばきを見て下積みして少しずつ自分のものにしました。仏壇の世界は分業体制なので、それぞれの仕事も大事ですが、総合的に作られなければなりません。蒔絵は、全粉をいかに生かしきるのかが勝負。研ぎ出し蒔絵、磨き蒔絵等の技法を駆使した様々な図柄、その技は半端には身につきません。
    もともと、ここ金沢では三代目加賀藩主前田利常の時代に、浄土真宗が庶民に広まり、仏壇づくりの基本である工芸技術が整備されたのがその始まり。その後、五代目綱紀によって、様々な細工所などが充実して、優秀な工芸技術家が育成されそうだ。時は1471年、南加賀の吉崎を来訪した蓮如上人は、次第にその教えを加賀一円に広め、それにともなって仏壇も普及していった。
    「当時の細工所には、蒔絵、漆、紙金工、絵、針、具足(ぐそく)、業物、小刀、象眼、刀鍛冶、研物、茜染、大工、御能作物、束帯装束着など23種類に分かれていました。これらの細工者は、藩よりも扶持を受け、御用業人として姓を与えられて、それはもう、武士の身分に近い格式で、一般町民と区別されていたほどです。」

    山田さんの技術が生きている70代新三方開の仏壇

    幕府の政策によって需要を伸ばしたという歴史的背景

    「こうした業人によって作られた製品は、かつては将華家や公家、諸侯、寺社などの交際時のご進物用や家臣の領内寺社での蝿り物や寄進などに使われていました。その後、細工所の流れをくむ多くの職人が、金沢の町に住んだことで、木地師、塗師、金具師、蒔絵師、彫刻師と、それぞれに分かれ、発展していきました。」
    「実は、徳川幕府の時代には仏壇のない家は邪宗として厳しく処罰されたほど。もともと、加賀が真宗の伝統の地であり、仏壇需要は他より進んでいましたが、この時代に一気に需要が高まったようです。」

    豪華さのなかに気品を感じさせる仏壇は自分のために買いたいもの

    金沢仏壇の品位は、金沢文化の総括業とも言える。厳選された木材(タブノキ、クスノキ、コクタンなど)の木地を「ほぞ組み」にし、宮殿(くうでん)という内部正面の屋根を作る工程は、桝組み(ますぐみ)によるものなどの決まり事がある。塗りも天然漆の手塗りが原則だ。もちろん、蒔絵は堅牢で渋みがあり、地元特産の金箔仕上げと共に、上品さを醸し出している。
    仏壇は、あくまで仏様をお祀りするものだという考え方しか今までなかったが、こんな仏壇ならアート(美術工芸品)としても部屋に飾りたいと思うのは、きっと私だけでないはずだろう。

    亀の素晴らしい蒔絵

    まるで生きているかのような龍の蒔絵

    職人プロフィール

    山田泰造 (やまだたいぞう)

    金沢仏壇商工業組合の副理事も務める山田泰造さん

    35年にわたり、金沢仏壇の塗と蒔絵を行う。伝統工芸士。現在、山田仏具店のオーナー

    こぼれ話

    伝統的な仏壇のデジタルア竏茶Jイブ

    現在、金沢仏壇商工業協同組合では、江戸時代など古くに作られた伝統的な仏壇の技術調査研究を進めていて、デジタルア竏茶Jイブを作成中だということでした。
    昔の金沢の豪農(ごうのう)が所有していたすごい仏壇クラスになると値段がつけられないほどのものばかり。ここ金沢にはかなり豪農も多く、家をとるか、仏壇をとるかという話は少なくありません。それほど、仏壇を守るということは家長の大切な仕事だったのです。
    「なかには、素晴らしい細工や塗り、蒔絵などがあり、当時の職人の技術に敬服します。そのまま今日の材料と技術で再現しようとしたら、5000万円以上かかるものも少なくありませんよ。」と話してくれた山田さんのパソコンには、こうした貴重なデジタルアーカイブが納められています。

    では、そのアーカイブから、ほんの一部ですが、ある豪農が所有していたすごい仏壇クラスの技をみせていただきましょう。

    • 引き戸の蒔絵

    • 金沢の豪農がもっている昔ながらの金沢デザインの仏壇(明治14年頃)

    • 上戸の閂金具の飾り金具

     

概要

工芸品名 金沢仏壇
よみがな かなざわぶつだん
工芸品の分類 仏壇・仏具
主な製品 仏壇
主要製造地域 石川県/金沢市
指定年月日 昭和51年6月2日

連絡先

■産地組合

金沢仏壇商工業協同組合
〒920-0855
石川県金沢市武蔵町8-2
瀬沢ビル2階
TEL:076-223-4914
FAX:076-232-6714

http://kanazawa-butsudan.or.jp/

■関連展示場・施設

特徴

加賀は真宗王国とも呼ばれるほど浄土真宗の盛んな土地柄のため、他の地域に比べて仏壇の需要がありました。加賀藩細工所の蒔絵技術や、彫刻の技術が仏壇にも活かされたという伝統をもとに、金箔をふんだんに使った製品が特徴となっています。

In Kaga, also known as the Shinshu Kingdom because the Jodo Shinshu school of Buddhism thrived there, there has always been a high demand of Buddhist household altars compared to other regions. As the use of the gold-sprinkled lacquer techniques and the sculpting techniques of the Kaga fief’s handicrafts spread to the making of household altars, an abundant use of gold leaf has become a prominent feature of these altars.

作り方

木地、彫刻、塗り、飾り金具、蒔絵、金箔押し、仕上げの工程があり、原材料として、木材は主にイチョウ、ヒノキ、マツ、スギを用い、彫刻には象牙、珊瑚等が使用されています。蒔絵は、本金研出磨(ほんきんときだしみがき)技法を使い、鮮やかな仕上がりにしています。金銀の切金仕上げを施すことによって豪華さを表現するように工夫されています。

Manufacturing stages include preparation of a wooden-base, sculpting of images, painting, application of metal ornaments, application of gold-sprinkled lacquer, gold embossing and a finishing stage; woods used as raw materials are mainly ginkgo, cypress, pine, cedar, etc. while ivory and coral are used for the sculptures. The gold-sprinkled lacquer is given a vivid finish thanks to the use of a special polishing technique called “honkin-tokidashi-migaki.” The use of the “kirikane” coloring method involving the application of pieces of cut gold and silver leaf was designed to give a luxurious air to the altars.

産地からの声

金沢仏壇は金箔による加飾が特色の仏壇です。取り扱いについては金箔の部分を絶対に拭かないことと、湿気を与えすぎないように注意して下さい。