江戸からかみ

からかみの源流は、平安時代の和歌を筆写する詠草料紙にまで溯りますが、中世以降には襖や屏風などにも貼られるようになりました。江戸時代、徳川幕府による江戸の街づくりが進む中で、需要も拡大し独自の発展を遂げました。
江戸時代半ばの「和国諸職絵尽」には、当時の職人として江戸のからかみ師が描かれていますので、すでにからかみ職人が活躍していたことがわかります。

  • 告示

    技術・技法


    「引き染め」は、「刷毛引き」をすること。


    「雲母引き手揉み」は、「刷毛引き」、「上引き」をした後、「手揉み」をすること。


    「木版雲母手摺り」は、篩を用いて雲母又は顔料を版木につけた後、「木版手摺り」をすること。


    「金銀箔・砂子蒔き」は、「箔ちらし」又は「砂子蒔き」をすること。


    「金銀泥引き」は、箔の粉末に膠水を加え、刷毛を用いて線を引くこと。


    「磨き出し」は、猪牙を用いて磨くこと。


    「描絵」は、顔料を膠水で溶き、筆を用いて手描きすること。


    「渋型手摺り」及び「置上げ」は、渋型紙を用いて「捺染」をすること。


    「金銀箔押し」は、次のいずれかによること。

     
    (1)
    篩を用いて糊を版木につけ「木版手摺り」をした後、「箔押し」をすること。

     
    (2)
    刷毛を用いて地紙に糊をつけた後、「箔押し」をすること。

     
    (3)
    渋型紙を用いて地紙に糊をつけた後、「箔押し」をすること。

    原材料

    地紙は、和紙又は和紙及び天然素材の織物とすること。

  • 作業風景

    江戸からかみの特徴は、何といってもその技法の多彩さ。京からかみの木版摺りを基本としながらも、渋型紙による捺染摺り、刷毛引きなどが発達していきました。唐紙師・更紗師・砂子師に分かれて専門職化したそれらの技法は、現代にも脈々と引き継がれています。

    工程1: 木版雲母摺り

    文様を彫刻した版木に、雲母(きら=白雲母の粉末)や胡粉(ごふん=貝殻の粉末)などの顔料と布海苔(ふのり)を混ぜた絵の具を塗り、その上に和紙を置いて文様を写し取る技法です。篩(ふるい)に顔料を含ませ、軽くたたくようにして版木に移していきます。次に版木の上に和紙を乗せ、両手のひらで丁寧になでて文様を移し取ります。この手法では、ふっくらしたやわらかみのある文様ができるのが特徴です。

    工程2: 引き染め

    ・刷毛引き(丁子〈ちょうじ〉引き)
    櫛状の刷毛を染料に浸し、等間隔の縞模様の線を引いていく技法です。刷毛引きには、「格子引き」「筵(むしろ)引き」などの種類があります。
    ・色具引き
    雲母や顔料を全面に引く「総染め」、あらかじめ刷毛で水を引いた上にグラデーションをつけながら顔料を引く「ぼかし染め」などがあります。

    工程3: 揉み

    代表的な技法は「雲母引き手揉み」。全面に色具引きし、その上に雲母を重ねて引いた和紙を手で揉みやわらげて、皺(しわ)や亀裂をつけていく技法です。

    工程4: 箔押し

    版木に生麸糊(しょうふのり)を塗って、和紙に移し取ります。そこに金銀箔を置き、乾いてしっかり付着したところで余分な箔を取ります。礬水(どうさ=溶かした膠〈にかわ〉に明礬〈みょうばん〉を加えたもの)を引いて仕上げます。

    2.更紗師による技法

    工程1: 渋型捺染(なっせん)摺り

    文様を彫り抜いた渋型紙を和紙や布地の上に置き、顔料や染料を浸した馬毛の刷子(ぶらし)や丸刷毛で文様を摺り込んでいく技法です。雲母や胡粉による「単色摺り」と、6種の絵の具を組み合わせる「多色摺り」があります。文様がくっきり仕上がるのが特徴です。

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    工程2: 更紗型多色摺り

    同じ地紙の上に、型紙を変え、顔料を変えて、文様を摺り込んでいく技法です。一つの画面を構成するのに必要な型紙の枚数だけ、摺りを繰り返します。

    工程3: 置上げ

    厚手の型紙に彫り込まれた文様に、木べらを使ってたっぷりと顔料を盛り、文様を立体的に浮かび上がらせる技法です。家紋などを表現するときに使われます。

    工程4: 箔押し

    工程は唐紙師による技法の箔押しと同じですが、版木ではなく文様を彫り込んだ型紙を使います。

    3.砂子師による技法
    襖(ふすま)によく見られる金銀箔を用いた文様が、砂子師の手によるものです。

    工程1: 砂子(すなご)蒔き

    金銀の砂子を竹筒に入れ、たたいたり振ったりして和紙の上に蒔いていく技法です。

    工程2: 箔散らし

    大小の金箔銀箔を、竹筒などを用い散らしていきます。箔には、竹の小刀で方形に切った「切箔」、手でちぎった「破箔」、細く長く切った「芒(のぎ=野毛)」などがあります。

    工程3: 金銀泥(でい)引き

    砂子をさらに細かくした金泥や銀泥を膠水で薄め、刷毛で引いていく技法です。

    工程4: 描き絵

    和紙の上に直接筆で、山水画や日本画などを描き込んでいく技法です。

    工程5: 磨き出し

    あらかじめ砂子を振ったり泥引きしたりした和紙の下に版木を置き、紙の上から猪の牙でこすって、版木のもようを浮かび上がらせる技法です。

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  • クローズアップ

    奥ゆかしい雲母のきらめきに心も和む。江戸からかみ

    和歌をしたためる詠草料紙として京の都でつくられていたからかみ。その後、屏風や襖などに使われるようになり、町人文化の興隆に伴い江戸の町でもつくられるようになっていった。いっときの冬の時代を乗り越え、江戸の唐紙紙は今なお健在である。

     

    江戸唐紙師、これにあり

    光を浴びて、あるときはそこはかとなく、あるときは艶やかにきらめく雲母。朽木雲、光琳波、撫子、青海波、五七の桐、百花……。花鳥風月の風情を愛でる日本ならではの文様が、あるいは雅やかな金銀砂子が、和紙の上に浮かび上がる。からかみを眺めていると、いつまでも飽くことがない。からかみの源流は、平安時代にまでさかのぼるという。当時の中国(唐)から渡来した「紋唐紙」を和紙に模造し、和歌を筆写する詠草料紙として貴族の間で好んで使われていた。中世以降は屏風や襖などにもはられるようになり、徳川が政権を握って江戸の町が繁栄すると、その技法は東へと伝わっていく。
    現在でも、京都と東京に数軒の「唐紙師」が残っている。東京のほうは震災やら空襲やらで江戸の版木は焼失してしまったが、それでもたくましく再興の道をたどっているのだ。いなせな江戸っ子が喜びそうな雪見桜の日、天神さまからほど近い湯島に小泉さん宅(小泉襖紙加工所)を訪ねた。

    乾燥させて仕上げたからかみ。雲母の放つ光には気品が漂う

    冬の時代を乗り越えて……

    小泉家の先祖である小泉七五郎が唐七を創業したのは、1800年代後半、幕末の頃。そこから数えて4代目の哲さんは、19の年に先代の父親が亡くなって家業を継いだ。「門前の小僧」よろしく、技術は自然と身についていたという。哲さんの息子で5代目の幸雄さんは、すでに小学生の頃からセンチやミリより尺寸単位のほうがなじみ深かった、と笑う。
    「20歳ぐらいから襖の仕事はしていましたが、本格的に江戸からかみの技法を覚えようと思い立ったのは、元号が昭和から平成に代わる頃。見よう見まね、40の手習いですよ」
    高度経済成長期以来、建築業界ではローコストで量産のきく新建材がもてはやされ、大量に市場へ出回るようになった。繊細な美的感覚にあふれてはいても量がつくれずコストも高い江戸からかみは、需要がなくなり冬の時代を迎えたこともある。
    「技はもっているのにそれを生かす場がない……こんなつらいことはないよ。経済的には、襖の商売で採算がとれてはいたけれどもね」と、往時を振り返る哲さん。“仕事”は楽しいけれど“商売”は一つも楽しくない――幸雄さんも口をそろえた。

    小泉哲さんは、この道60年の達人。版木も自らの手で彫る

    未来の6代目のためにできること

    幸雄さんには、4人の息子がいる。そのうちの2人(雅行さんと哲推さん)が父と祖父の仕事に興味をもち、後を継ぐべく修行中だ。「今の時代、“盗め”と突き放すだけじゃなく、ある程度“教える”ことも必要。その後は、壁にぶち当たりながらも自分で試行錯誤していってほしいね」と、幸雄さんは目を細める。まだ20代前半、未来の6代目たちは「おじいちゃんの仕事はすごいよ。どうせやるなら国宝級を目指したい」と意気盛ん。
    「じつはね、行く末をそう悲観してはいないんです。どこのうちにも、子供がいれば必ずお雛様や兜はあるでしょう。ライフスタイルが洋風になったとはいえ、一戸建もマンションも和室がなくなることはないしね。息子たちのためにできることは、私の代で江戸からかみを残していく環境の下地を作ることかな」

    • 「雲母の調子は、その日の天気や湿度によって変わってくるんだ。もちろん、こっちの気分によってもね」

    • 哲さん、幸雄さん親子の息はぴったり。阿吽の呼吸で作業は淀みなく進んでいく

    古くて新しい江戸からかみの伝統美

    大量生産・大量消費を前提としていた世の中の流れは、ここへ来て少しずつ変わり始めている。建築業界にもその波は及び、最近では健康や環境への関心の高まりとともに伝統回帰の指向性も加わり、インテリアとしての和紙が再び見直されているのだ。
    「建築家や表具師にも、からかみは京都にしかないと思っている人が多いんです。西に勝るとも劣らないからかみが東にもあること、そして襖だけではなく壁紙としても使えることを、どんどん世間にアピールしていきたいですね」
    時は移ろい、暮らし向きは変わろうとも、本物の伝統美はちっとも古さを感じさせない。雲母のほのかなきらめきは、見る者にそう語りかけている。

    • 文様(「萩」)の継ぎ目と継ぎ目がぴったり合うように摺っていくには、熟練の技が要求される

    • 江戸からかみの版木は、京からかみよりも大き目。その分、文様の雰囲気も大らかだ

    職人プロフィール

    小泉哲

    1919年生まれ。

    1947年生まれ。
    版木の彫りから雲母の顔料づくりまで、まだまだ父から教わることは多い、と幸雄さん。

    こぼれ話

    インテリアとして楽しむ江戸からかみ

     

    • 料亭の壁紙として。文様は「光琳蔦」、技法は木版雲母手摺り。小泉さん親子の作品です

    • 刷毛引きの丁子格子文様。電気をつけたとき、消したとき、和紙の表情の変化を楽しんで

概要

工芸品名 江戸からかみ
よみがな えどからかみ
工芸品の分類 その他の工芸品
主な製品 襖(ふすま)、壁、天井、障子、屏風用の加飾された和紙
主要製造地域 文京区、台東区ほか7区市、千葉県/松戸市、埼玉県/比企郡ときがわ町
指定年月日 平成11年5月13日

連絡先

■産地組合

江戸からかみ協同組合
〒110-0015
東京都台東区東上野6-1-3
TEL:03-3842-3785
FAX:03-3842-3820

https://www.dentoukougei.jp/tokyo/35.html

■海外から産地訪問
画像
江戸からかみ~産地訪問記事

実店舗青山スクエアでご覧になれます。

特徴

「からかみ」とは、襖や障子、屏風などに貼る加飾された和紙のことをいいます。江戸の街で発展した「江戸からかみ」は、町人文化を反映した自由闊達でのびやかな文様が好まれ、モチーフも日常生活に馴染み深いものや自然の草花など季節感溢れる文様が多いといえます。

作り方

加飾の技法には、木版手摺りのほか、渋型捺染手摺りや金銀箔砂子手蒔きなどが用いられ、それらは各々からかみ師、更沙師、砂子師といった職人に伝承されています。

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