2019/11/6(水)

「沖縄のよりどころ再建へ また力を」 首里城再建に関わった石川の職人

知田善博さんらが制作した首里城正殿内の竜の木彫り装飾(一部)=那覇市で1991年9月21日(知田さん提供)

 

那覇市の首里城の正殿などが全焼した先月31日未明の火災では、日本各地の職人らの技術が結集された工芸作品も失われた。28年前に正殿正面を飾る彫刻の復元に携わった木工職人、知田(ちだ)善博さん(57)=石川県白山市八幡町=は心を痛め、復元の機会には「沖縄の心のよりどころを取り戻すために、また職人たちと力を合わせたい」と誓う。

 

首里城復元に携わった時の写真を見つめる知田善博さん=石川県白山市で2019年11月1日午前11時49分、日向梓撮影

 

 獅子舞(ししまい)で使われる伝統工芸「加賀獅子頭」を彫る知田さんは1991年9月、師事する金沢市の彫刻家、今(いま)英男さん(2014年に死去)とともに那覇に向かった。沖縄の本土復帰20周年記念として進められていた国の復元事業に、高い技術を持つ全国の職人に声がかかっていた。

 地元の工房で彫刻を仕上げて、那覇で組み上げる。図面を基に今さんが大まかに竜や雲の形を彫り、知田さんは父、叔父と一緒にうろこの一枚一枚、たなびく雲をひたすら刻んだ。「琉球文化の独自性を感じた。数が多かったので、無我夢中で作業を進めた」

 那覇の現場には約1週間滞在し、高さ数メートルの足場に上がって、作品を設置。今さんが復元に取りかかってから約2年がたっていた。1992年の正殿完成時、建物全体が華やかな色に彩られた。

 10月31日早朝、知田さんは城が焼け落ちるテレビ映像に目を疑った。「自分が作った部分も焼けてしまったのか」。材料のクスノキやヒノキは、数百年から1000年はもつといい、「作品がいつまでも残ると信じていただけにショックだった」と肩を落とす。再び復元する機会が訪れた時には「職人たちがもう一度集まって一日も早く元の姿を取り戻したい」と願っている。【日向梓】

元の記事を読む *外部サイトへリンクいたします。
totop