江戸和竿

江戸和竿は、天然の竹を用いて作られる継ぎ竿で、江戸時代中期に江戸で作られ始めました。江戸時代の後期には、美術工芸と呼べる域にまで達し、今日の江戸和竿が完成しました。
江戸前の海やきれいな河川にも恵まれ、遊び心をたっぷり持った、江戸に暮らす人々の釣竿への要望に応えた研究の結晶が江戸和竿です。

  • 告示

    技術・技法


    乾燥は、自然乾燥によること。


    「火入れ」をし、「矯め木」を用いて「矯め」を行うこと。


    「継ぎ」は、「並継ぎ」又は「印籠継ぎ」によること。この場合において、「すげ口」は、絹糸を巻いた後、精製漆を塗布しては水研ぎをすることを繰り返すこと。


    穂先は、「布袋穂」、「削り穂」又は「継ぎ穂」によること。


    仕上げは、精製漆を用いて漆拭きをすること。

    原材料


    使用する竹材は、ホテイチク、ヤダケ、ハチク、ダイミョウチク若しくはマダケ又はこれらと同等の材質を有するものとすること。


    漆は、天然漆とすること。

  • 作業風景

    竹の切り出しから塗師(ぬし)仕事まで、竿師はすべての工程を自ら行います。その丹念な手仕事によって生み出された和竿は、機能的・実用的であると同時に、工芸品としての精緻な美しさをも兼ね備えているのです。

    工程1: 晒(さら)し

    材料となる竹は、ヤダケ・ホテイチク・ハチク・コウヤチク・マルブシ・マダケなど、10種類以上。竹薮から採取した原竹の皮をむき、油を抜いて、天日で3カ月ほど干して晒します。

    工程2: 切り組み

    竿師は、魚の種類や釣り方などによってどんな竿を作るかを考えます。竹の種類・全長・継ぎ口・収め寸法・調子などを決め、一継ぎごとに竹を選び、切って組み合わせていくのです。「切り組み」は竿の原型が決まる基礎的な工程、熟練の技が要求される場面です。

    工程3: 火入れ―下矯(た)め―

    切り組みのすんだ竹に火を入れます。竹からにじみ出た油を布で拭き取り、表面がキツネ色になるまで十分に火を通し、矯め木で曲がりを矯正します。竹には加熱すると強靭さを増す性質があり、それを最も有効に引き出すのが「矯め」の作業なのです。

    工程4: 巻き下、糸巻き

    「巻き下」は、すげ口・すげ込み部分・節の表面などを削ったりやすりをかけたりして、糸を巻くための下地を整える工程です。すげ口には、漆を塗っておきます。これが終わったら、左手で竹を回転させながら、右手に張った絹糸をすげ口に巻き上げていきます。次は、巻きむらを整えて糸の毛羽だちを抑える「極(き)め」の作業。膠(にかわ)を塗った後、右手に極め木を持ち竿を挟んで膝の上に置き、左手で回転させ上から押して締めつけます。そして、糸巻きしたすげ口に漆の下塗りをします。

    工程5: 継ぎ

    「継ぎ」には、「並み継ぎ」と「印籠(いんろう)継ぎ」という代表的な手法があります。印籠継ぎの場合、芯(印籠芯)が必要ですので、すげ口の径に見合う矢竹をすげ込み部分に入れ継ぎ上げていきます。並み継ぎの場合、一継ぎごとのすげ込みの下地を作る作業「込み削り」を小刀を使って行います。すげ口部分は、かき出しで竹の内部を浚(さら)いますが、内部の様子は目に見えないため、手の感触や経験がものをいう場面。すげ口とすげ込み部分が、ぴったり吸い着くように継ぐことが求められます。継ぎが悪いと竿を振ったときに音がしますが、これを「がた」といい、竿師の恥とされています。

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    工程6: 塗り下

    全体を漆で塗り上げる前にすませておく細かい仕事を総称「塗り下」といいます。竿尻の穴に栓を入れる「栓かい」、穂先の先端への「蛇口(へびぐち)付け」などがあります。

    工程7: 中矯め

    矯めの作業は一継ぎごとに行い、継ぎ合わせた後に竿全体を矯め直して調整します。

    工程8: 漆塗り

    漆は和紙で漉して、不純物を取り除きます。ほこりを立てないよう室内を清潔に保ち、すげ口・すげ込み部分・蛇口の部分に、漆を塗り彩色していきます。この工程こそが、個々の職人ならではの独創と美的感覚を発揮する見せ場なのです。

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    工程9: 拭き漆

    指に漆をつけ竿を回しながらまんべんなく塗り込み、布で拭き上げ(塗ったままで拭かない手法もある)、室(むろ)で乾燥させる――この手順を数回繰り返します。手の平を刷毛あるいは筆代わりに使うという奇想天外な発想は、江戸和竿にしか見られない大きな特徴になっています。

    工程10: 仕上げ

    塗りが終わった竿に、微調整をします。「擦り込み」「上げ矯め」「落ち込み浚い」など入念な点検をした後は、一継ぎごとのすげ込みに練り油をつけて拭き取る「込み油」を行います。海釣り用の竿には、絹糸でガイドやリールシートを取りつけ、漆を塗って仕上げます。全体を柔らかい布で拭き上げたら、江戸和竿の完成です。

     

  • クローズアップ

    いきな太公望、垂涎の釣り道具。江戸和竿

    江戸前の豊かな海で、山中や野辺の清流で釣りを楽しむため、江戸和竿は生まれた。1本1本手作りされるそれは、量産のきく化学素材を使ったロッドとは比較にならない精緻さ、美しさを誇る。名人の看板を引き継ぐ竿師を、隅田川沿いの下町に訪ねた。

     

    江戸和竿は、江戸前の海と川の豊かさの象徴

    巷では、欧米由来のバスフィッシングやフライフィッシングが盛んらしい。それらに使われるロッド(竿)の素材は、ほとんどがグラスファイバーやカーボンファイバーといった量産のきくケミカルなもの。対して日本で竿といったら、本来何はなくとも竹、である。竹には縦の繊維が通っているから、魚を釣り上げたときの横ぶれがない。その感触は、新素材では味わえない竹独特のものだ。が、それだけではない。漆と絹糸を使って加工を施した和竿は、単なる実用品の枠を超え、工芸品として見ても美的感覚にあふれている。
    釣りは日本全土で行われてきたから、各地に竿の産地はある。京竿、紀州竿、庄内竿、郡上竿、いずれの竿も銘品には違いない。それらと江戸和竿とが一線を画するのは、圧倒的な種類の多さだ。はぜ竿、磯竿、きす竿、たなご竿、鮎竿、ふな竿……。それはとりもなおさず、江戸和竿発祥当時の、江戸前の海と川の豊かさを象徴していた。

    竿作りに使われるすべての道具

    「お前のおやじはすごい竿師だった」その言葉がきっかけとなって

    名人の誉れ高い初代竿忠、そのひ孫にあたる4代目竿忠・中根喜三郎さん(江戸和竿協同組合理事長も兼ねる)を、荒川区は南千住に訪ねた。東京に一路線だけ残るチンチン電車(都電荒川線)を三ノ輪橋で降りる。下町の情趣あふれる町並みをのんびり歩きながら、中根さん宅へ。玄関先には、晒し竹が足の踏み場もないほど積み上げられている。店の奥に胡座する中根さん、そのたたずまい、パキパキした語り口は江戸っ子そのものだ。
    喜三郎さんは、初代に劣らず名人の誉れ高かった3代目竿忠・中根音吉さんの三男。竿忠では長男だけの一子相伝と決まっていたから、喜三郎さんは父から何も教わってはいなかった。が、東京大空襲で一家は被災。喜三郎さんと妹さん(海老名香葉子さん)だけが遺された。兄弟を不憫に思った父のなじみ客であり釣り仲間でもある、先代・三遊亭金馬師匠が喜三郎さんに父の贔屓(ひいき)の客を紹介したことから、人生が大きく動いた。
    「お前の親父はすごかった、こんなにいい竿は二度と手にすることはできないと、だれもが父の作った竿を見せてくれる。そんなこんなを見聞きするうちに、無性に自分も竿を作りたいと思うようになってね」

    中根喜三郎さん。「初代の頃は、上野の山にいい竹があったそうだよ。だけど今じゃ地方まで調達しにいかないとね」

    ものづくりの基本は、それが好きでたまらないこと

    19歳で竿師に内弟子入り。生半可な気持ちでは修行などできないと、頭を丸めた。身を切られるほど寒いなか、堀割で竹洗いをしたこともある。それでも、つらい、苦しいという気持ちより、とにかく仕事を覚えたい、立派な竿作りになりたいという気持ちのほうが勝っていた。竿忠の看板に恥じない竿を作れるようになるまで襲名はすまい、心に誓った。
    「はじめはとにかく、初代や父の仕事を真似しながら、腕を磨いたよ。30歳、40歳、50歳、60歳、年をへるうち、その年齢なりの見方ができるようになった。同じ親の竿を見ても、自分の見方のほうが変わってくる。ものの奥行きが見えるようになってくるんだねえ」
    そうしてしだいに、自分にしかできない独創を入れていくようになった。
    「もの作りの基本は、それを作るのがたまらなく好きだということ。いやいやじゃあ、何だってできやしないよね」

    中根さんに後継者はいない。が、注文品以外にも後世に残すための竿をつくっている

    世界で1本、自分のためだけの品を手に入れる幸せ

    喜三郎さんの腕にほれ込んだお客は多く、注文は全国から入ってくる。受注するときは、一度だけでいいからお越しくださいとお願いするという。何をどこで釣りたいのか、その人がどんな好みをもっているのか、膝を交えてじっくり話をきくためだ。難しい注文であればあるほど、やりがいがある、とも。
    「あたしの竿が好きで贔屓にしてくれるお客様がいる限り、作り続けていきますよ。釣竿は大人の玩具。実用的なだけじゃだめ、見た目にもきれいで楽しい竿じゃなくっちゃ」
    世界でたった1本、自分の好みに合わせて作られた自分だけの逸品を手に入れる幸せ――。江戸和竿、何と贅沢な大人の遊び道具だろう。

    • 鮒竿。釣りは鮒に始まって鮒に終わる、という格言も

    • 同じ鮒竿でも、注文主の好みによって色合いや漆塗りを変える

    職人プロフィール

    中根喜三郎

    1932年生まれ。
    51年、19歳のとき竿師の道に入り、56年に独立して「竹の子」を名乗る。74年、4代目「竿忠」を襲名。

    こぼれ話

    幻の逸品に出会う

    江戸和竿が作られ始めたのは、江戸は享保(1716~36)年間の頃。その後、天明年間(1781~88)に初代・泰地屋東作が竿師の店を開いて以来、質も量も飛躍的に伸びました。現在活躍している竿師の元をたどれば必ずこの人にたどりつくという江戸竿師の祖です。
    時は明治に移り、名人と呼ばれる竿師が生まれました。3代目東作、初代竿忠、初代竿治です。ここでは、伝説の竿師・初代竿忠がつくった幻の釣り具ともいわれる逸品を紹介しましょう。竿から釣りに必要な小道具まですべてが煙草入れ仕立てにまとめられた、粋の極致のような携帯釣り具一式。竿は尺2本継ぎと尺5寸3本継ぎの2本、印籠継ぎの芯には象牙が使われ、箱は桑材製です。もちろん、竿には一寸たりとも狂いはありません。

    • 竿は2本、かけがえのない釣り具の文化財

     

概要

工芸品名江戸和竿
よみがなえどわざお
工芸品の分類 木工品・竹工品
主な製品釣竿
主要製造地域塩谷郡高根沢町、埼玉県/川口市ほか、千葉県/市川市ほか、東京都/千代田区ほか、神奈川県/横浜市
指定年月日平成3年5月20日

連絡先

■産地組合

江戸和竿組合
〒116-0003
東京都荒川区南千住5-11-14
TEL:03-3803-1893
FAX:03-3803-1893

http://members2.jcom.home.ne.jp/kuniichi/kumiai.html

特徴

江戸和竿は実用品で、釣る魚の種類や釣りをする場所によって使いやすさも違い、人によって好みもあります。これらの条件を満たしたものに、美しい漆塗りを施しています。

作り方

材料は日本の天然の竹で、主にホテイタケ、ハチク、ヤダケ、マダケ等が使われます。竿のよしあしは材料で決まります。制作者は自分で竹を刈り取ったり、数千本の中からわずか数本の竹を選び出したりするほど、材料の竹にこだわります。竹は数年寝かせて乾燥させたものを磨いてから使います。江戸和竿は継ぎ竿ですから、その継ぎ数だけ原料となる竹を用意します。どの竹を何番目に使うかを考えて揃えます。工程は、矯(た)め、継ぎ、糸巻、塗り等です。

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