金剛、葛城山系の麓、富田林・河内長野の地で生まれる簾は、地元の名峰金剛山にあやかって「金剛簾」と名付けられました。簾(すだれ)の製造については、重要な工程の多くが、手作業で行われています。それは素材となる「ひご作り」から始まります。何段階もの工程、何人もの職人の手に掛かることによって、ひごができ、それをまた編み機にかけて簾に編み上げていくのです。特に紋合わせ、柄合わせ作業は大変で、ベテランの職人であっても、根を詰めた日は、神経が昴って、なかなか寝付けないと言います。 それでは大阪金剛簾がどのようにして作られていくのかを見てみましょう。 工程1: 竹の伐採・切断 京都丹波・岡山・島根など中国地方において、もっとも水分の少ない気候である10月~翌2月の間に真竹を伐採します。乾燥させ、そして各用途に合わせた簾の長さに切断します。 工程2: 皮むき 弓状に沿った小刀で節を剥ぎ、皮剥ぎ包丁で上皮を剥いでいきます。 工程3: 竹割り 竹割包丁で丸竹を幅8分に荒割りし、更に4等分します。ついで上皮と身を2分します。 画像をクリックすると動画が再生されます 工程4: ヒゴ作り 幅4分の上皮を各簾に合わせて選別し、カッター機にかけます。 工程5: 艶だし・着色 神社・仏閣のためには黄色に染めます。細くなったヒゴをつや出し機にかけてつやを出します。 工程6: 編み上げ ヒゴを編み機にかけ、1本ずつ竹の自然の節で美しく「くの字型」に模様を描きながら編みます。編み糸は綿糸ですが、高級品では、絹糸が用いられています。 画像をクリックすると動画が再生されます 工程7: 錦の切断 西陣どんすの原反を手ばさみで1分の誤差無く裁断します。数枚の簾を横一線につるす場合など、隣同士で紋や柄が寸分の狂いがないようにします。完成した時に縁の模様が美しく出るように気を付けます。それは最も難しいところであり、職人の腕の見せ所でもあるのです。 工程8: 縁付け・金具付け 編みあがった簾の端や中央に“縁”を縫いつけ、金具や各種房などの装飾品を付けて完成させます。
涼を運ぶ夏の風物詩 平安の昔、御座所「おみす」に端を発した「すだれ」は、源氏物語などに描かれ、気品あるムードを漂わせている。そんな趣のあるすだれをかけた空間からは、竹の美しさと日本的な香りが漂ってくる。 かつての生活用品は竹製だった 竹は日本中どこにでも茂っているが、近畿では京都付近、大阪の金剛山。葛城山の麓が良材の産地として知られている。江戸時代より質の良い真竹に恵まれたので、富田林や河内長野では、農業のかたわら、すだれが作られてきた。この地方の竹細工の生産量は、他産地に比べ群を抜いて高い。そんな大阪金剛簾を製造している杉多製錬の杉多利夫氏を訪ねた。「今思えば、私は物心ついた頃から竹の山に埋まって生活してきたんです。子供の頃、私達はすだれだけではなく、水鉄砲や虫かごそして提灯、ざるなど日常生活に使う色々なものを竹を使って作りました。」戦後だんだんと生活様式が変化するにつれ、竹製品はプラスチックやビニール製品にその範疇を奪われていった。そして、竹すだれなどの竹製品は実用的と言うよりは、竹材独特の風合いを生かした装飾、趣味用品へと徐々に変化し始めたのだ。 すだれの裏と表に座り、息を合わせて縁をかがる 伝統的手法を今に伝えるすだれ 杉多製錬(株)の創業は天保10年(1839)。およそ160年もの歴史を持つ。杉多利夫氏は初代杉多伊兵衛から数えて5代目。金剛簾の職人として半世紀以上のキャリアをもつ。「このすだれ作りは、日本の自然と風土の中で生み出され、歴史と伝統に育まれてきました。作業は今も昔も手作業です。竹は自然物ゆえにそれぞれの色合い、節の間隔がまちまち。より分け行程を美しく仕上げるには、微妙な違いを判別しなければなりません。それは機械ではとてもできない工程なのです。」杉多氏は、縁裁断の工程を手がけている。「西陣緞子」や「錦織物」の原反を、手ばさみ一つで裁っていく。定規などは使わずまっすぐに断ち切る技は見事である。この行程は、誰に任すことなく、すべてを彼が手がけている。こうして200年以上続いた手法ですだれを作り上げ、伝統的な文化を守り続けているのだ。 代々この地で伝統工芸である簾を作る杉多氏 錦の裁断場には、色とりどりの緞子が並ぶ 縁付け用の針と糸 時代に合わせたすだれ作り すだれは日本の伝統的装飾品で、日除けや間仕切りとして使われてきた。戦後、アメリカにおいて日本の和風イメージがもてはやされ、輸出が急激に増えた時代もあった。しかし現在は日本でさえ、アルミサッシやエアコン中心の集合住宅が増え、すだれによる涼を感じるという情緒ある夏の過ごし方は少なくなっている。夏の風物詩として「お座敷すだれ」や、神宮、神社、仏閣の隔壁に使われる「御翠簾」と「大阪金剛簾」は時代と戦いながら、そして時には時代に調和しながら生き残ってきたのだ。昨今の本物志向や、伝統工芸品を見直す動きに支えられ、情緒、風格、機能をかね揃えた「金剛簾」が、今、再び消費者に、日本的インテリアとして受け入れられつつある。なぜなら、すだれの良さを現在の生活様式にあわせた、木製のすだれなども研究し、作り出しているからだ。室内に入る光や風の量を、簡単に調整できるというすだれの良さが、また見直されているのだ。四季の移ろいを肌で、そして目で楽しめるのは日本ならでは。すだれの隙間から吹き込む風は、どこかしら涼しく感じられる。これからも大切に味わっていきたい、日本らしい夏の過ごし方なのである。 出荷を待つすだれ。夏が待ち遠しい 夏に涼を呼ぶ簾 こぼれ話 万葉に歌い込まれる「すだれ」 「君待つと我が恋居れば我が宿のすだれ動かし秋風の吹く」 これは万葉集に収められた額田王の歌です。この歌には「近江天皇を慕ひて作れる」という詞書がつきます。待て来ぬ人へのやるせなさを風に託し、風に動くすだれがリアルに描かれています。万葉の時代、貴族の社会ではすだれが使われていたのです。後の源氏物語における貴人の豪邸の母屋や妻戸などにもすだれは描き込まれています。すだれは万葉の時代の住まいには欠かせぬ装飾品だったのです。