鈴鹿墨

三重県

平安時代初期に鈴鹿の山で採れる松材を燃やして油煙を取り、それをニカワで固めて墨を作ったのが始まりと伝えられています。
江戸時代に大名の家紋が決められたり、寺子屋が広まったこととともに墨を必要とする人が増え、領主に保護されたこともあって生産が増えました。

  • 告示

    技術・技法


    「墨玉」の仕上げは、「もみ上げ」によること。


    成形は、「型入れ成形」、「糸瓜巻き成形」、「へら押し成形」又は「手握り成形」によること。


    乾燥は、「灰替え乾燥」及び自然乾燥によること。


    仕上げは、「どう塗り」又は「あい塗り」によること。

    原材料


    煤は、松煙又は菜種油、胡麻油若しくは椿油若しくはこれらと同等の材質を有する植物油の油煙から採取したものとすること。


    膠は、牛膠若しくは鹿膠又はこれらと同等の材質を有するものとすること。

     

  • 作業風景

    鈴鹿墨の発祥は、延暦年間(780年頃)にさかのぼるといわれ、鈴鹿の山々に自生していた太い松の木を焚いて、松ヤニ成分が燃えて発生する煤(すす)を集め、墨にしたと伝えられています。鈴鹿墨は、風土や水質と墨の成分が適し、光沢に優れ、さらっとした品質。奈良とともに日本の二大産地として知られています。ほとんどの工程が手作業で、また夏は膠が腐敗したり固まりにくいため、10月から4月までの寒い冬の時期に集中する厳しい仕事です。温度や湿度などに影響される作業だけに、永年の伝統の技術と職人の経験が1丁1丁にこめられています。

    工程1: 膠溶解(にかわようかい)

    墨の原料となるのは、煤と膠、香料です。煤は、松を胡麻油や菜種油で燃やし、集めて作ります。江戸時代鈴鹿は紀州藩だったことから、和歌山の良質の赤松で作られました。今は赤松の煤は減りましたが、和歌山から煤を仕入れて使われます。膠は、動物のせき髄からとれるもので、昔は鹿が主でしたが、今では牛のものが使われています。膠をタンポという銅器に入れ、水を加えて湯煎して水飴状の液を作り、不純物を取り除きます。この後、煤と膠をミキサーで混ぜ合わせ、煤に独特のにおいを消すために、じゃこうや竜脳(りゅうのう)などの香料を入れます。

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    工程2: 揉みあげ(もみあげ)

    ミキサーでざっと混ぜた墨玉を、今度は手で揉み上げていきます。渾身の力を込めて、伸ばしては揉み、また足のかかとで踏みながら揉んでいきます。よく練ることで、材料の膠と煤が、よく混ざり、また適度に空気が抜けるのです。このあたりの揉み加減の判断は、職人の経験による勘が冴えるところ。

    工程3: 型入れ

    作る墨の大きさによって、墨の量を計量し、丸い棒状の形(くだまえ)にして、素早く墨型に入れます。20から30分ジャッキで押さえて圧力を加えた後、ていねいに型出しします。

    工程4: 灰替乾燥(はいかえかんそう)

    かんななどで墨の形を整えた後、乾燥します。墨は、製品になれば、何百年ももつのですが、完成前は周囲の気温や湿度の急激な変化にとても敏感で、ヒビが入ったりそったり、カビが生えたりします。墨に含まれている水分を徐々に減らしていくため、まず草木灰の中で、5日から30日間灰の中で乾かします。

    工程5: 編み干し乾燥

    灰での乾燥を終えた後、わらで編みつないで吊るし、2カ月から6カ月間、空気中で自然乾燥します。

    工程6: 仕上げ

    水で洗って汚れを落とし、貝殻で磨きます。表面を削った貝で磨くと、つやつやとした光沢がでます。不思議と貝でなければ、こうした光沢は出ません。鈴鹿墨は、山の松の木、海の貝と、自然に恵まれた鈴鹿だからこそ生まれた工芸品なのです。最後に絵付けや装飾をほどこし、さらに約3年間、胡麻油などの煤で作った高級品になると5から10年間寝かせて完成します。

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  • クローズアップ

    生きている墨玉と全身で格闘 鈴鹿墨

    江戸時代から良質の墨の産地として知られる鈴鹿墨。ほとんど手作業で、微妙な環境の変化に反応する墨作りは、職人の経験と勘が頼り。鈴鹿墨の職人の中で将来が期待される、若き進誠堂墨舗3代目の伊藤忠さんにお話をうかがった。

     

    墨は生き物、職人の経験と勘が頼り

    夏場は膠が腐りやすく、固まりにくいため、墨作りは10月~4月までの厳しい冬の仕事である。天然原料の煤と膠の配合は、毎日同じとはいかない。湿度や温度の微妙な変化に影響されるデリケートなもの。まるで生き物を扱うようだ。揉みあげていく工程も、何分揉めばよいというマニュアルがない。経験を積んだ職人の勘によるところが大きい。
    「冬の朝は空気も乾いていて温度も低い。ある程度水分を入れても、木型で固まり、よい墨ができます。でも昼からは墨玉がだんだん固くなって、揉むにも力がいります。手で空気を入れて出す、入れて出す。手の中で転がしながら、一番いい状態を見極めて型に入れる。膠の温度が、自分の体温と同じくらいで、ピカピカと光沢が出た時がいいんです」。混ぜ合わせた墨玉を一気に揉みあげる作業は、まるで格闘だ。煤にまみれ、汗にまみれ、全身の力を込めて、時には足で踏みながら揉み上げていく。生きている墨玉に、伊藤さんは挑むように向き合っている。

    使うのが惜しいほど美しい。伝統の技や絵心などが、1丁1丁に集約されている

    誇れる日本の文化を受け継ぐために

    忙しい現代人の生活では、墨で書く習慣も薄れがち。書や水墨画を趣味とする人や書道家など一部の人のものになりがちだ。「伝統工芸は、日本独自の誇れる文化。それを次の世代に伝えようと思ったら、やはり生活の中で触れる環境を作らなあかん。墨なら、学校でも習字の時間を増やしてほしいとか、教育現場にも働きかけていかんとね。また伝統にとらわれず、今の時代に合った商品も考えてます」。と、伊藤さんは広い視野で伝統の行く末を考える。1分ですれる墨や、香りを楽しめる墨、長く寝かせた古い墨の味わいを出せる低価格の墨など、若く斬新なアイデアで、新商品を発想していく。

    渾身の力をこめて、墨玉を揉む伊藤さん

    「あなただけの墨」を作っていきたい

    しかし、伝統にこだわる部分も大きい。例えば、菜種や胡麻などの植物油の煤にこだわる。
    「植物油は、小さい炎で燃えるので、煤の粒子が細かい。粒子の細かい墨は、ズシっと重く、半紙の目にしみ込んで奥まで沈んでいくから、深く黒い色が出る。伸びもいいんです」。
    膠の量や、煤の決めの細かさ、それらをどう配合するかで、仮名用・漢字用・水墨画用など、用途にあった墨を作る。
    「墨の材料は、どこでも同じです。でも工業的に効率化せずに、手作業で一貫して一人で作ることにこだわるからこそ、お客さんの微妙なニーズに応えることができる。書道家や水墨画を楽しむ人の中には、父が作った墨しか使わない人もいます。墨の黒といっても、父にしか出せない色があるんですね。私も名指しで注文されるような職人になりたい。あなたの用途に合った、あなただけの墨を作ることを目指しています」。

    伊藤さんのところには、500~600面の木型があるという。1つの木型も、2000~3000丁の墨を作れば、磨耗してくる

    職人プロフィール

    伊藤忠 (いとうただし)

    昭和39年生まれ。サラリーマン生活を経て、墨作りにたずさわって16年。若い世代が少なく継承が難しくなってきている鈴鹿墨の世界で、大きな期待が寄せられている。鈴鹿製墨協同組合専務理事。

    こぼれ話

    新しい墨の魅力を開発

    伊藤さんは、1分ですれる墨など、いろいろと新しい墨の開発に意欲的です。特に評判のよいのが「墨の森」。濃くすれば、限りなく黒に近い色になりますが、薄くすれば、色が出ます。現在8色のバリエーションがありますが、各色を混ぜ合わせることも可能。日本の伝統的な淡く、落ち着いた色合いで、書をたしなまない人でも味わいのある字が書けそうな気になります。今、人気の絵手紙や、水墨画にぴったりです。

    • 藤・銀杏・白樺・竹・紅葉・梅・露草・百合の8種類。1本2000円

    • しっとりとした色合いで、いい味わいになる。思わず筆を手にして、書きたくなってしまう

     

概要

工芸品名 鈴鹿墨
よみがな すずかずみ
工芸品の分類 文具
主な製品 和墨
主要製造地域 鈴鹿市
指定年月日 昭和55年10月16日

連絡先

■産地組合

鈴鹿製墨協同組合
〒510-0254
三重県鈴鹿市寺家5-5-15
TEL:059-388-4053
FAX:059-386-4180

特徴

鈴鹿墨は、地理的、及び気候風土の諸条件に恵まれているため、作品創作時の墨の発色が良く、上品で深みがあり、基線とにじみが見事に調和します。

作り方

ニカワを溶かし、良い墨を作るための練り合せを行い、形を作ります。その後、乾燥させて、二枚貝で磨き、絵付けをして仕上げます。

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