伝統工芸 青山スクエア

本場黄八丈

東京都

その昔、本居宣長が「八丈という島の名はかの八丈絹より出ずるらむかし」と書き残しました。
島の名の由来とも言われる黄八丈については室町時代から絹を貢いでいた記録があり、江戸時代の中期以後から現代にも通用する粋な縦縞、格子縞が織られるようになりました。

  • 告示

    技術・技法


    製織は、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    先染めの平織り又は綾織りとすること。

     
    (2)
    よこ糸の打ち込みには、「手投杼」を用いること。


    染色は、手作業による浸染とすること。この場合において、染料は、コブナグサ、タブノキ又はシイを原料とする植物性染料とし、媒染剤は木灰又は泥土とすること。

    原材料

    使用する糸は、生糸、玉糸、真綿のつむぎ糸又はこれらと同等の材質を有する絹糸とすること。

  • 作業風景

    黄八丈の最大の特徴は、何といっても染め。八丈島に自生する植物だけを使い、黄・樺・黒色に糸を染め上げていきます。そしてその糸を、高機で丹精こめて手織りしていくのです。柄は伝統的な縞柄と格子縞。優美と粋を兼ね備える黄八丈は、世の女性たちから時代を超え愛され続けています。

    工程1: 精練

    炭酸ソーダを入れて沸騰させたお湯に、袋に詰めた生糸を入れ、とろ火で3時間ほど煮出した後、水洗いします。この精練によって生糸の膠(にかわ)質が取り除かれ、しなやかで光沢のある糸になるのです。

    工程2: 染め

    ●黄染(こぶなぐさ〈島名かりやす〉を乾燥させたものを、染料として用います)

    工程3: ふしづけ

    植物を煮出した汁を「ふし」といい、この煮汁に漬け込んで染めることを「ふしづけ」といいます。束ねたかりやすを釜に入れて煮出します。釜から熱い「ふし」をひしゃくで2、3杯染め桶にとり、糸を一綛(かせ)ずつ晒(さら)して染み込ませ、一晩置いて翌日天日で乾燥させます。次に、糸を一綛ずつ軽くねじって染め桶のなかに並べ、熱い「ふし」を平均的にかけてよく染みわたらせ、そのまま一晩漬け込みます。翌朝、桶から取り出した糸をよく絞って屋外で竿にかけ、夕方まで乾燥させます。完全に乾燥したら、新しく作った「ふし」に糸を漬け込みます。この染めと乾燥を、20回ほど繰り返します。

    工程4: あくつけ

    灰を水に溶いた上澄みの灰汁を「あく」といい、椿と榊を焼いてできた灰を「あくつけ」に使います。水を張った瓶(かめ)に灰を入れごみを取り除いて灰を沈殿させると、一週間ほどたった頃、上澄み液が使えるようになります。盥(たらい)に少量の灰汁をくみ取り、「ふしづけ」の終わった糸に一綛ずつ少量の「あく」をかけて、50~60回揉みつけます。こうすることで、すでに糸に染み込んでいた「ふし」が「あく」のなかの金属イオンと反応し、鮮やかな黄を発色するのです。「あくつけ」が終わった糸は、しばらくそのまま寝かせてから、強く絞って天日で乾燥させます。

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    ●樺染(たぶのき〈島名まだみ〉の生皮を剥いで、染料として用います)

    工程5: ふしづけ

    まだみの樹皮を竹籠に入れて煮出します。釜から熱い「ふし」をひしゃくで2、3杯染め桶にとり、糸を一綛ずつ晒して染み込ませ、一晩置いて翌日天日で乾燥させます。この染めと乾燥を30回ほど繰り返します。次に、糸を一綛ずつ軽くねじって染め桶のなかに並べ、熱いふしを平均的にかけてよく染みわたらせ、そのまま一晩漬け込みます。翌朝、桶から取り出した糸をよく絞って屋外で竿にかけ、夕方まで乾燥させます。完全に乾燥したら、新しく作ったふしに糸を漬け込みます。この染めと乾燥を、15回ほど繰り返します。

    工程6: あくつけ

    樺染の「あくつけ」には、雑木の灰を用います。方法は、黄染めの場合と同じです。

    ●黒染(すだじい〈島名しい〉の樹皮を乾燥させたものを、染料として用います)

    工程7: ふしづけ

    黒染の「ふしづけ」の方法は、樺染めと全く同じです。染めと乾燥の作業を30~50回繰り返すことで、つややかな黒が発色します。

    工程8: 泥づけ

    黒染の泥づけは、黄染・樺染における「あくつけ」に当たります。島内にある天然の沼から、水面に青錆色の物質が浮いた鉄分を多く含む泥を採取して、笊(ざる)で濾(こ)して桶にとります。糸を一綛ごと泥に晒しながら染めつけます。泥のなかに糸を3時間ほど漬けてから引き上げ、小川の流水で泥を洗って乾燥させます。

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    工程9: 織り

    柄を決めて糊付けし、経糸を整経して、高機で織っていきます。織り方には、平織(経〈たて〉糸と緯〈よこ〉糸を1本おきに交差させる最も基本的なもの)と綾織(組織点が斜めの方向に連続して斜線状をなすもの。斜文織ともいう)があります。

     

  • クローズアップ

    黄・樺・黒。黄八丈の艶やかな色は、自然からの贈り物

    鮮やかな黄、しっとり渋目の樺、艶やかな黒。思わず目を奪われる黄八丈の色は、島に自生する植物を使って染め上げたもの。そこには、島独特の風土と天候が体に染みついた職人の経験と技が息づいている。染めが終われば、次は女たちの出番。高機で一織り一織り、精魂こめて反物を仕上げていく。豊饒の島では、人も植物も同じ環(わ)のなかにいた。

     

    島の女の織る黄八丈が、島を支えてきた

    東京から南へ海上を約290キロ。伊豆諸島の一つ八丈島は、黒潮の海に浮かぶひょうたん形をした島だ。かつては「鳥も通わぬ」と謡われ多くの政治犯が流されたところだが、今なら空の便で小一時間、あっけないほど近い。島に着くなり、雨と風の洗礼を受けた。瑞々しい山の緑が、遠めに映える。
    黄八丈がいつから織られ始めたのかは、定かではない。が、すでに室町期の文献には、八丈島産の絹織物が献上された旨の記述がある。時代は下って江戸期、黄八丈は将軍家のご用達になった。そして町人文化が興隆した文化文政年間(1804~30)には、広く庶民たちも袖を通すようになっていく。現代でも戦前までは、盛んに養蚕が行われていた。古来、島の女たちは黙々と蚕の世話をし、機を織り、島の経済を支えてきたのだ。

    黄八丈の発色の具合を確認する伊勢崎明俊さん

    洗えば洗うほど色艶が増す黄八丈

    現在、黄八丈の染元は、樫立(かしたて)と中之郷地区に3軒。乙千代ヶ浜(おっちょがはま)にほど近い樫立に、伊勢崎明俊さんを訪ねた。中庭には、鮮やかな黄、渋い色合いの樺に染められた生糸が干されている。
    「昼は天日干し、夜は煮る作業。これを20~40回繰り返して、だんだん色が濃くなっていく。一日一日が勝負なんだよ。」
    洗うほどに色が冴えていく黄八丈の秘密は、ここにあったのだ。そっと糸に鼻を近づけてみる。天然の染料の香りは鼻孔にやさしく、何度でも嗅いでみたくなる。
    「本当は今日、樺の皮を剥ごうと思っていたんだが……。どうしても天気に左右される仕事だからね。雨が降って仕事ができない日は、仲間と一緒にすごすんだ。」

    樺染め。何度もふしづけと乾燥を繰り返すことで、鳶色はしだいに深みを増していく

    たんごを織る音がないと眠れない

    伊勢崎さんは、曾祖父から数えて4代目、27歳のときに染めの仕事を継いだ。
    「子供の頃からたんごを織る(樫立の言葉で、反物を織ること)音が子守り歌がわり、夜静かすぎると眠れないんだよ。」
    7人いる兄弟姉妹の4番目、伊勢崎さん以外の男兄弟はみな島の外へ。自身も20歳の頃、東京へ出たことがある。でも、そこはあくまで遊びにいくところであって生きていく場所ではないと感じ、3カ月で島へ戻った。以来、畜産や園芸などの仕事を精力的にこなしながら、染めの技術を身につけていったのだ。
    織り子あっての染め屋、ともいう。今、織り子の平均年齢は70歳。この30年間で半分に減った。島の女は働き者、古希をすぎた伊勢崎さんの長姉も現役で織り続けている。
    「姉ちゃんが織ってる間は、俺も染めをやめないよ。」
    24歳になる息子が島の外にいる。けれど、継げとは言えない。

    「疲れたっていう台詞は大嫌い。たとえ苦しい仕事だって前向きにやらなきゃな」

    黄八丈の色は、植物の命の「うつしかえ」

    「あきあにぃは、いっつも動き回ってるんだよ。朝山にいたかと思ったら、昼は海、夜はもう家にいないんだ。」とは、伊勢崎さんを慕う仲間たちの弁。
    その暮らしは、半ば自給自足だ。漁師の友人の船に乗って、トビウオ漁に加勢することもある。染め、漁、畑、何をするにせよ夢を描きながら常に前向きに行動したい、という。
    「地球上の一生物として、一人の人間として、男として、精一杯正直に生きたいね」
    豊饒な自然のなかに身を置いていると、自分が一人勝手に生きているのではなく、あらゆるもののつながりのなかで生かされていることに気づいていくのだろうか。
    染めの仕事をしていて、職人冥利に尽きることは?――。「出会いだね」。即座に言葉が返ってきた。よき友人との出会い、染料となる植物との出会い、そして糸に現れ出た色との出会い。黄八丈の黄・樺・黒という色は、植物の命の糸への「うつしかえ」。染めとは、その儀式であるのかもしれない。人はほんの少し、天の恵みの分け前に預かる。
    黄八丈の真の魅力は、そこにこそあるように思えてならない。

    • 伊勢崎さんの仕事場。洗うほどに艶が出る黄八丈は、ここから生み出される

    • 染めの仕事は天気によって左右される。今日はあいにくの雨、仲間たちが昼ご飯を食べに集まってきた。伊勢崎さん自ら包丁を握ってさばいたトビウオも食卓へ

    職人プロフィール

    伊勢崎明俊

    1942年生まれ。
    「親から、たくさん財産をもらったよ。自分を健康に生んでくれたこと、染めの仕事を伝えてくれたこと」。侠気(おとこぎ)のある人である。

    こぼれ話

    えっ、同じ島内で言葉が通じない?

    八丈島には大きく分けて、三根・大賀郷・樫立・中之郷・末吉という5つの集落があります。大賀郷と樫立の間には、長い長いだらだら坂。島の人たちはそこを境に、樫立・中之郷方面を坂上、大賀郷・三根方面を坂下と呼んでいます。坂下には空港や役場、飲み屋街(その名も親不孝通り)などがあって、けっこうにぎやか。一方の坂上でも、樫立と中之郷ではちょっと雰囲気が違います。昔は、隣り合った集落どうしでも行き来がなく言葉が通じなかった(!)といいますが、言葉が違えば気質も変わるもの。坂上では、樫立だけに漁港がありません。生真面目で木訥、働き者の樫立の人たちの意識は、洋々たる海原ではなく山に向かいました。彼らにとっては、そこに桑の木さえあればよかったのです。現在、黄八丈の染元が坂上に3軒(樫立に2軒、中之郷に1軒)集中しているのも、そのあたりが関係しているのかもしれません。

     

概要

工芸品名 本場黄八丈
よみがな ほんばきはちじょう
工芸品の分類 織物
主な製品 着物地、帯
主要製造地域 八丈島八丈町
指定年月日 昭和52年10月14日

連絡先

■産地組合

黄八丈織物協同組合
〒100-1621
東京都八丈島八丈町樫立346-1
TEL:049-967-0516
FAX:049-967-0516

http://www.f2.dion.ne.jp/~juni/

特徴

本場黄八丈の色は黄色・茶色・黒の3色で、その渋みのある色合いが優雅な絹織物です。

作り方

すべて島に自然に生えている植物性の天然染料を用います。天然染料を煎じた液で数十回染色した後、黄色や茶色はツバキやサカキの木を焼いた灰で作った液につけ、また黒色は鉄分を含んだ沼の泥をこした水につけ、糸を染めます。染色された生糸を整経し、昔ながらの高機(たかはた)で手投げ杼(ひ)を用い、隅々にまで気を配って織り上げます。

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