読谷山花織

沖縄県

花織独特のデザインから、南方から渡って来たものと考えられていますが、その時期は不明です。
しかし朝鮮への贈り物や、ジャワから琉球王国への贈り物として記録が見られるとこらから、15世紀には生産されていたと見られます。当時は琉球王朝のための御用布として、読谷住民以外の一般の人々は着用できなかったと伝えられています。

  • 告示

    技術・技法


    次の技術又は技法により製織された紋織物とすること。

     
    (1)
    先染めの平織りとすること。

     
    (2)
    よこ糸の打ち込みには、「手投杼」を用いること。

     
    (3)
    紋は、「花綜絖」又は「縫取り杼」を用いて表わすこと。


    かすり糸を使用する場合には、かすり糸の染色法は、「手くくり」によること。

    原材料

    使用する糸は、生糸又は綿糸とすること。

  • 作業風景

    読谷山花織は紋織の一種です。花などの模様が浮き出すように織り込まれます。普通の平織なら2枚の綜絖(そうこう)が8~11枚もあります。これを花綜絖といいます。平織の途中で竹のへらなどで色糸を入れていく手花(ティーバナ)という技法もあります。どちらも絣や縞と併用されます。

    工程1: デザイン

    方眼紙に色えんぴつで図案を描きます。基本になるのはジンバナ(銭花)、カジマヤー(風車)、オージバナ(扇花)の三つの花柄です。これをアレンジした30種余の幾何学模様と絣や縞を組み合せて模様を考えます。

    工程2: 絣括り(かすりくくり)

    絹糸を横に張り、染めたくない部分を木綿糸で括っていきます。木綿は水分を吸うとしまるので、染料が入りこみにくいのです。8ミリ、6ミリ、1センチの幅で、それぞれ等間隔に括ります。括り終わったら染色します。フクギ、テカチ(車輪梅)、グール(サルトリイバラ)、シイ、琉球藍などを染料に使います。

    工程3: 糸繰り

    糸を使いやすくするため、綛(かせ)に巻き、ボビンに巻きます。

    工程4: 整経

    織り幅と着尺の長さを整える作業です。経糸の本数と長さを引きそろえます。着尺の場合、1センチの幅に28本の糸が入ります。

    工程5: 仮筬(かりおさ)通し

    整経した糸を織りたい幅の筬に通していきます。上糸と下糸の2本をひと組にして筬の目に通します。着尺の40センチの幅なら、1120本通します。

    工程6: 経巻(たてまき)

    筬を通した糸を引っ張って整え、巻いていきます。張力が均一になるように気を配ります。

    工程7: 綜絖(そうこう)通し

    筬をいったんはずして、綜絖に通します。糸を1本ずつ前後に分けて通していきます。これで経糸の間に緯糸がきれいに入ります。

    工程8: 花綜絖掛け

    花綜絖に糸を通していきます。ここで花織の模様が決まります。花綜絖の数は8~11個くらいです。

    工程9: 絣分け

    緯糸の絣をほどいて、管に巻き取ります。これを杼に入れます。

    工程10: 織り

    花綜絖を上げ下げするひもを足で踏みながら織っていきます。通常、1日に40センチ、2カ月くらいで一反を織り上げます。

     

  • クローズアップ

    静かな心で織り込む可憐な花グアー

    花織はその名の通り、花の模様を織り込んだかわいらしい布である。濃紺の地に赤や黄色の点が浮き出ているのが伝統的なもの。小さな四角い点々で花を表現しているので、手のこんだ刺繍のようにも見える。

     

    息を吹き返した幻の織物

    地元で「花グアー」と呼ばれる花模様には、ジンバナ(銭花)、カジマヤー(風車)、オージバナ(扇花)の3つの基本パターンがあり、大きさや組み合わせをアレンジして使う。ここに絣と縞を加えると、布に立体感が生まれる。
    読谷は、琉球王国の時代、中国や東南アジアとの貿易の拠点として栄えた。異国の文化が次々と入ってくる中、15世紀ごろに地元に根付いたのが花織だった。御用布に指定されて王府の保護を受けたが、廃藩置県後の明治半ばから衰退し、とうとう幻の織物になってしまった。昭和39年、後に人間国宝となった與那嶺貞さんの努力で花織は息を吹き返した。村が力を入れたこともあって、織り手の数は少しずつ増えていった。

    キビキビと活動的な新垣澄子さん

    手も足も、全身を動かして織る

    新垣澄子さんは、染色をしている夫の隆さんのすすめで20年前に始めた。糸の準備はたいへんでも、織り始めれば比較的楽、という織物もあるけれど、花織は織り始めてからも厳しい作業が続く。
    ふつうの平織は、上糸と下糸の間を開けて緯糸(よこいと)を通すため、2枚の綜絖を足で交互に引き下げて織る。花織は、この綜絖(花綜絖)が10枚にもなる。綜絖からたれ下がる10本のひもを順番に足で引っ張りながら織っていく。まるで曲芸のようだ。綜絖の数が増えるほど花模様は複雑になる。
    「15枚から20枚くらいは平気で使いますよ。自分でデザインしているから、どれを引けばいいかわかるんです。両手両足、全身を動かしながら織っています。織るのは時間との闘いでもあるし、自分との闘いでもある。やらないと布になりません。」

    講習生の機の中央に連なるのが花綜絖

    自分の作ったものは何年たってもすぐわかる

    大切なのはただひとつ、気持ちを落ち着けて向うことだ。「むしゃくしゃして気分が悪いと、必ず間違えるんです。ほどくのに1日かかってしまいます。私は20年前に夫婦喧嘩はやめましたよ。自分をコントロールできないなら、その日は仕事をしないことです。」
    今後は、だれにも真似できないものを作っていきたいという。季節感を盛り込んで、自分が着たい色柄をデザインする。
    「自分の作ったものを着た人に会ってみたいですね。20年前のものだって見ればすぐわかりますよ。人と同じものを作っていないから。染めも自分が染めたのと人が染めたのとはすぐわかるんです。」
    同業者の夫は一番身近な批評家である。
    「まだ一度もほめられたことがないんです。ほめられたくてやってきたようなもの。あと何年たったらほめてもらえるのか。」
    花織からはまだまだ離れられそうもない。

    足でひもを引きながら織る

    職人プロフィール

    新垣澄子 (しんがきすみこ)

    1949年生まれ。数々の賞を受賞するとともに、後継者の指導にもあたっている。

    こぼれ話

    愛する人への想いをこめたティサージ

    手ぬぐいのことを読谷ではティサージ(手巾)といいます。花織のティサージは、昔から贈り物として使われてきました。読谷山花織事業共同組合の理事長、新垣隆さんにきくと、「これはティーバナといって、帯によく使う技法で織ります。紋織りの中では一番原始的な技法です。むずかしくはありませんが、手間ひまがかかります。人の手で糸を入れていくので、織りながらいろいろな模様に変えることができるのです」
    昔の女性は模様に工夫をこらして織り、意中の男性に贈りました。これを「ウムイ(想い)のティサージ」といいます。女性同士が「彼女がそのくらいのものを織るなら、私はそれ以上のものを織ってあげよう」と競い合ったらしく、同じデザインのものはありません。「ウミナイ(祈り)のティサージ」は、中国や本土に旅立つ人の安全を祈って織られました。中国への旅は「唐旅(とうたび)」といい、命を落とす覚悟で出発したものでした。「唐旅」という言葉は、今では人が亡くなってお墓に入るという意味に使われます。そんな危険な旅の無事を祈って、家族や恋人のために心をこめてティサージを織ったのです。

    • 思い思いのデザインで織るティサージ

     

概要

工芸品名読谷山花織
よみがなよみたんざんはなおり
工芸品の分類 織物
主な製品着物地、テーブルセンター、帯
主要製造地域中頭郡読谷村
指定年月日昭和51年6月2日

連絡先

■産地組合

読谷山花織事業協同組合
〒904-0301
沖縄県中頭郡読谷村字座喜味2974-2
TEL:098-958-4674
FAX:098-958-4674

http://www.yomitanhanaori.com/

特徴

可憐で細やかな花模様を色糸で浮かせ、これに絣の風合いをあしらった南国情緒あふれる織物です。模様には、綜絖花(そうこうはな)、手花(てばな)、絣等があり、反物では綜絖花と絣、帯地と手巾(ていさじ)では綜絖花と手花と絣というように、製品によって組み合わせが変わります。

作り方

緯糸の打ち込みには手投げ杼(ひ)を使い、紋織は花綜絖または縫取り杼を用います。絣糸は手括(くく)りで染料には琉球藍、シャリンバイ、フクギ、サルトリイバラ、シブキ等の植物染料を使って染色します。機仕かけをした地経糸と経絣糸に花綜絖をかけ、高機(たかはた)で製織します。

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