加賀繍

加賀繍は室町時代初期に、加賀地方への仏教の布教とともに、主として仏前の打敷(うちしき)・僧侶の袈裟(けさ)等、仏の荘厳(しょうごん)という飾りとして京都から伝えられました。
江戸時代には、将軍や藩主の陣羽織、持物の装飾等にも用いられるようになりました。また奥方たちの着物にも使用され、気高い美しさが喜ばれました。
文化学問を重んじ奨励した加賀藩の歴代藩主の手厚い保護により、「加賀の金箔」「加賀の友禅」と並ぶ「加賀の繍い」として、独自の発展と完成を見ました。

  • 告示

    技術・技法

    1 染糸を使用する場合においては、糸染めをした後、糸巻きをすること。

    2 より糸は、「こまより」又は「手より」によること。

    3「繍」は、「手繍針」を用いる「鎖繍」、「まつり繍」、「菅繍」、「駒繍」、「繍切り」、「相良繍」、「渡り繍」、「割り繍」、「刺し繍」、「割付文様繍」、「切り押え繍」、「組紐繍」、「肉入れ繍」、「竹屋町繍」又は「芥子繍」によること。

     

    原材料

    1「繍」に使用する糸は、絹糸、漆糸、金糸、銀糸、金平箔糸又は銀平箔糸とすること。

    2「繍下地」は、絹織物とすること。

  • 作業風景

    加賀繍のできるまでを簡単に紹介します。

    工程1: 草稿(そうこう)

    下書き作業をします。鉛筆か筆(墨)で原画を描き、図柄を作成します。

    工程2: 下絵描き

    照明台の上に下絵を置き、布をおいて透かして、正確に写しとります。

    工程3: 糸染め

    染料を入れた水に絹の平糸を浸し、20分ほど酸でたき染めをします。たき染めされた糸は、陰干しをして乾燥させます。

    工程4: 配色

    繍い方の技法を考慮しながら、生地の色と図柄に合った糸を配色していきます。

    工程5: 生地張り

    生地張りは「台張」と「台枠張」の2つの種類に分かれ、台張は樋棒(ひぼう)に生地を通し縦横に張り、生地が歪まないように正確に張ります。そして、かがり糸で横を適度な強さに張ります。一方、紋などの小さなものを縫う時は台枠張と呼ばれる四角い枠を用います。

    工程6: 糸より

    糸よりとは、糸を必要な色と必要な太さによりあわせる作業で、手でよる「手より」と道具を使ってする「コマより」というものがあります。コマよりでは、糸をより台の左右両端にかけ、ヨリコマに結びます。そして手でまわしてそれぞれヨリをかけます。

    工程7: 繍加工

    繍針箆種類だけでも10種類以上もあり、針穴の部分が平たく針の長さも一定で、すべて手作りです。繍加工では、その針を使って下絵通りに模様をひと針ひと針縫い付けていきます。加賀繍いは、15種類以上の伝統的な技術(※注)によって作品を生み出していきます。

    工程8: 仕上げ

     
     

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  • クローズアップ

    彩りの美しさと繊細な技をあわせ持つ手刺繍 加賀繍

    加賀繍の歴史は、遠く室町時代の初期に遡り、その起源は加賀地方への仏教の布教と関係が深い。
    その特色は、ひと針ひと針ていねいに手で繍い上げて描き出す文様と絵の豪華さ。金糸や銀糸などの多種多様の糸が世界にたったひとつしかないデザインを彩っていく。

     

    誇りとまごころを込めた作品は、かつては高級呉服の代名詞

    当時は、主として仏前の打敷(うちしき)や僧侶のお袈裟(けさ)など、仏の荘厳として使われていた加賀繍。単なる飾りとしての刺繍でなく、極めて尊いものとして位置づけられてきたという。のちの江戸時代に将軍や藩主の陣羽織や持ち物の装飾などに用いられ発展するようになったが、かなり高級な呉服の代名詞でもあり、大店(おおだな)の奥様の訪問着や金持ちの娘の花嫁道具の打ち掛けなどでしか見られることはなかったという。

    どの作品にも絹の糸によって細かい技法がたくさん繍い込まれている

    時代時代にあわせて多種多様な流行を創造

    大正から昭和にかけては半襟(はんえり)でおしゃれをするのが流行った時代。その半襟(はんえり)に、刺繍紋や染めの紋を入れるのが粋だということで、加賀繍の需要が一気に高まり、日本全体のシェアが9割近くとなったこともある。職人は3000人を数え、700件以上の加賀繍専門の手仕事場ができ、一世を風靡した。ところが、ミシンが台頭し、韓国、台湾、中国などから粗悪なものが入ってきて今や加賀繍は希少伝統となってきた。

    下絵にあわせ、色を考えながら糸を選んで繍っていく

    一年目は手が覚えるまでひたすら練習の日々

    女性の職人しかいないこの世界に入った森本悦子さんに、加賀繍の魅力をお伺いした。「手先の器用な人でも、基礎技術の体得には最低3年はかかりますね。私はちょうど10年くらいになりますが、初めはほんと難しいなと思いました。基礎を手が覚えるまで、うまくいかないことの連続。何度やっても思い通りに繍えませんでしたね。」森本さんは金沢に移り住み、ここ金沢をこよなく愛している女性のひとり。できれば何かこの町ならではのことを仕事にしたいと思い、知人の紹介でこの職についた。

    糸棚からデザインにあわせた色を選び出していく作業も大切な行程のひとつ

    華やかな彩りの世界を創る15の技巧

    「加賀繍の特色は、金糸や銀糸などの多種多様の糸を、ひと針ひと針手で繍い上げて描き出していく文様と絵の美しさにありますが、全部で15種類ある技巧を必ず入れていくこともその特色です。刺繍の量によっても時間は異なりますが、半襟で1週間、帯だと1カ月から3カ月ほどかかりきりになるものもあります。」
    針は広島に一件しかないお店の特注もの。糸の太さにあわせて10種類ほどあるが、どれも針先は鋭く短めで耳の所は生地に穴を開けないように、平たくつぶれている。はさみも手作りの特注品だそうだ。

    針もはさみも特製。針は鋭く、耳の所は平たくつぶしてある

    思いをこめて繍ったものは世界でたったひとつの作品

    繍い方、針裁きは見ているだけでも細かく鮮やかなものだが、繍を専門にする人は単に図案に沿って機械通りに手作業をするだけではない。まず、生地にあった絹糸の色を選び、そしてその糸の色の組み合わせや縫い方を考えながら手を運ぶ。
    「色選びは、その日の気分によっても多少変わってきますし、日中と夕方だけでも変わります。同じ色の生地と糸を選んでも、繍うときに少しづつ配色も変わっていきます。だから、できあがった作品全てが世界にたったひとつしかない一点ものということですね。」
    色の微妙な違いを見るために必ず、外光の入る北向きの窓の横で作業をする。蛍光灯に照らされたなかで作業をすると青みがかかってしまい、イメージしたものとまったく違う仕上がりになることもあるからだ。
    「今後は着物の帯や半襟など和の趣向のものだけでなく、バックなどの洋を意識したものを創っていきたいですね。ストールも最近人気だし、インテリア的なものとしては、テーブルクロスも考えています。」
    できあがった作品のどれもに森本さんのやさしさと愛情が、糸と一緒に繍い込まれているようだった。

    芯の強そうな加賀繍職人の森本悦子さん

    職人プロフィール

    森本悦子

    金沢に移り住んで知人の紹介でこの職につき、加賀繍歴は10年。
    最近、娘の成人式の振り袖を刺繍したと語る優しい母の顔ももつ。

    こぼれ話

    その他の商品紹介

    今までは、高級呉服をメインに生産してきた加賀繍だが、近年、着物の需要が減り、海外から粗悪なものがの安価で輸入されてきていることからも、新しいライフスタイルの中に取り込んでもらおうとさまざまな商品開発を試みています。
    パシュミナの人気に乗じて作ったストールは、年輩の方だけでなく広い層に人気だそう。また、繭の形をモチーフにシルクの糸から作ったしたライトも洋風のインテリアにマッチすると好評だとか。
    帯のデザインや色もオーソドックスなものばかりでなく、時代の流行にあわせて、斬新なイメージのものも取り入れています。
    お客様となる人たちにアンケートをとり、モニター制度なども導入して、どんなものが喜ばれるのかという市場調査を始めています。他にも名刺入れや、バックなど現在開発中。

    • 少し洋風のデザインを意識して作ったストール

    • 繭の優しい形をしたフロアーライト加賀繍が施されているものもある

    • 帯のデザインや色も現代風にアレンジ

     

概要

工芸品名 加賀繍
よみがな かがぬい
工芸品の分類 その他繊維製品
主な製品 着物地、帯、袱紗(ふくさ)、衝立、掛軸、装飾用額
主要製造地域 金沢市、能美市、白山市
指定年月日 平成3年5月20日

連絡先

■産地組合

石川県加賀刺繍協同組合
〒920-8203
石川県金沢市鞍月2丁目20番地
株式会社繊維リソースいしかわ内
TEL:076-268-8115
FAX:076-268-8455

http://www.kaganui.or.jp/

特徴

加賀繍の特色は、金糸や銀糸をはじめ多種多様の絹の色糸を、一針一針手で繍い上げて描く模様や絵の美しさにあります。華やかで温かみのある美しさには、加賀百万石の奥ゆかしさと、厳しい風雪に育まれた加賀人の「誇り」と「真心」が繍い込められています。

作り方

繍加工は、15種類におよぶ伝統的な技術・技法を用い、生地に気品ある繊細な格調高い文様を一針一針、刺し込んで完成させます。

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