九谷焼

石川県

九谷の鉱山から陶石が発見されたことと、加賀藩の職人が、今の佐賀県有田町で磁器作りの技術を学んで来たことによって、17世紀の半ば頃、九谷の地で始められたのが古九谷焼(こくたにやき)です。古九谷は加賀百万石文化の、大らかさときらびやかさを合わせ持つ、独特の力強い様式美を作り上げましたが、17 世紀の終わり頃突然作られなくなってしまいました。その後、19世紀に入ると再び九谷焼が焼かれるようになりました。
それが再興九谷です。春日山窯の木米(もくべい)風、かつての古九谷の再興をめざした吉田屋窯、赤絵細描画の宮本窯、金襴手(きんらんで)の永楽(えいらく)窯等数多くの窯が現れ、それぞれ特有の画風を作り出し、九谷焼の産業としての地位を築きました。

  • 告示

    技術・技法


    成形は、ろくろ成形、押型成形、手ひねり成形又は素地がこれらの成形方法による場合と同等の性状を有するよう、素地の表面全体の削り整形仕上げ及び水拭き仕上げをする袋流し成形若しくは「二重流し成形」によること。


    手描きによる絵付をすること。


    上絵付には、「九谷五彩」の全体又は一部を使用すること。


    上絵付をしない場合の下絵付に用いる顔料は、呉須とすること。

    原材料

    使用する陶石は、「花坂陶石」若しくは「大日陶石」又はこれらと同等の材質を有するものとすること。

  • 作業風景

    九谷焼は磁器であり、その特徴は色彩豊かな上絵付にあります。その製作工程の流れを簡単に紹介すると、まず、材料である陶石を採集して砕き成形しやすい粘土にします。続いて土をろくろなどによって成形し、天日や乾燥機で乾燥させます。乾燥したものを強度を高める目的で、800度程度で素焼します。素焼に呉須(ごす)で下絵をほどこし、釉薬をかけます(施釉)。釉薬のかけ方にも、釉薬にくぐらせる浸しがけや筆に釉薬をつけて塗る塗りがけ、柄杓ですくってかける杓がけなどがあります。
    本窯(ほんがま)では徐々に温度を上げてゆき、1300度になるまで約15時間かけて焼成します。焼きものを作る上で重要な工程です。
    焼き上がった器に絵を描いてゆく作業が上絵付です。九谷焼の特徴である、さまざまな絵付技法はこの段階での作業です。美しく絵付された器はさらに上絵窯(うわえがま)で800度から1000度まで焼成されて、完成します。
    では、いくつかの主な工程を見てみることにしましょう。

    工程1: 陶石の粉砕

    採石された陶石をスタンバーで砕き、トロンミルで細かい粉末にします。粉砕した陶石は成形しやすい粘土にするために水に浸して陶石中の鉄分や不純物を除去します。さらに余分な水分を除いて、適当な固さにします。粘土中の水分の濃密度が偏っていたり、空気が入っていたりすると焼成後のヒビやひずみの原因となるため、均一な粘土になるようよく練り上げます。

    工程2: 成形

    成形は形状によってさまざまな方法があります。円形状のものは、ろくろ成形によって作られます。角形や複雑な形のものは、石膏で型を作り、泥漿(すいしょう)を流し込む鋳込成形で行われます。ほかにも手ひねり成形など多様な成形方法があります。

    工程3: 施釉(せゆう)・本窯(ほんがま)

    成形後、乾燥させ素焼したものに釉薬をかけます。焼成後、釉薬は透明なガラス質となり、陶磁器表面を覆います。およそ15時間の焼成の後、炉内の温度は1300度に達します。

    工程4: 上絵付

    九谷焼は色絵付けを特徴とした磁器で、この工程が重要な要素になります。一口に九谷といってもこれまでいろいろな様式の描法が現れてきました。
    古九谷は、呉須(黒)により骨描き(線描き)し、その上にドボドボとした未発色の五彩(緑・黄・赤・紫・紺青)の上絵の具をのせるように置き、彩色したもの。木米(もくべい)は、地の部分に赤をほどこた中国風のもの。吉田屋は、赤を使わず四彩で器物全面を塗り込めたもの。赤絵細描は、赤で模様や人物を表した細密描写。永楽(えいらく)は、全面を赤で下塗りし、その上に金で彩色。庄三(しょうざ)は、古九谷・吉田屋・赤絵・金欄手(きんらんで)のすべての手法を取り入れたもの。
    以上、さまざまな手法で絵付けした器物は、800~1000度で焼成されます。

     

     

  • クローズアップ

    技の積み重ねが生む“赤い美の世界”

    KUTANI」、海外にも広く名を知られた日本を代表する色絵磁器。300年以上にわたる歴史の中で、様々な技法・技術を生みだしてきた。古九谷、吉田屋、木米(もくべい)、永楽(えいらく)、庄三(しょうざ)そして赤絵。九谷が誇る絵付けの美を堪能してみよう。

     

    350年の歴史、それぞれの時代の技法

    古九谷が誕生したとされるのは350年前。その発祥と終焉に関しては諸説あるが、石川県の九谷村で生まれたとされる。特徴は重厚な緑・黄・赤・紫・紺青の“五彩”。そして、力強く勢いのある図柄が有名だ。しかし、この古九谷は80年ほどで終焉を迎える。そして約100年間、この地から窯の炎が絶える時期がある。
    その後、京の文人画家・青木木米(あおきもくべい)が再興九谷を起こす。全面を赤で塗りつぶしているのが特徴で木米と呼ばれる。さらに、古九谷を模した吉田屋と呼ばれる技法や赤色で極めて細かく描画する赤絵細描、京の陶工・永楽和全(えいらくわぜん)による赤地に金の彩色の永楽、古九谷・吉田屋・赤絵・金欄手のすべてを取り入れた庄三といった技法が生まれる。
    今回、お話を伺った福島武山(ふくしまぶざん)さんは白地に細かく人物や紋様を書き込む赤絵細描の職人である。

    その細かさに思わず言葉を失う

    独学で伝統工芸を習得

    「かわいらしぞー!赤絵で作った小さいものは。ほらっ。」と見せていただいた作品はどれもが言葉を失うほど細かく書き込まれた赤絵細描。それが人の手で一筆一筆書き込まれたというのがにわかに信じることができないほど。人物もとても表情豊かで、思わず手に取ってみずにはいられない。
    さらに驚くのは福島さんには師匠がいないこと。「独学。だれに教えてもらったわけでもありません。人の話を聞いたり本を読んだりしながら試行錯誤。最初は絵の具の溶き方もわからなかった。」伝統工芸を独学で習得するのは並大抵の気持ちではできないはずだ。「子供の頃から細かい仕事が好きやった。だから、毎日が新鮮で楽しい仕事。今でも、この場所に座ってるのが一番落ち着く。」好きなことをやり遂げる意志の前にはどんなものも障害にならない。
    「逆に外の世界から来たからこそ物を見るのにこだわりがなくて、広くいろいろなことを吸収できたのだと思います。」伝統的な赤絵の世界に新しい風を吹き込み、高い評価を受けている秘密はここにありそうだ。

    正確な模様はどこで筆をついだかわからない

    20年やってると顔を描くのによどみがなくなる

    なにしろ細かい仕事ばかりだ。人物の顔なども「最初は(手本を)写すのが精一杯。一生懸命なのは伝わるけれど、絵に心が入らない。20年ぐらいやるとようやくよどみがなくなって、いい味わいが出てきます。」
    器の内側にびっしりと書き込まれた紋様も、線の太さがきちっとそろってどこで筆継ぎしたかわからない。「とにかく描き込んで描き込んでいかんと手に馴染んでこない。とくに人物の顔はほんの線半分ぐらいで表情が変わってしまうからね。」実際に目の前で見せていただいた作業は、見ている方も息が詰まってしまう。

    お猪口で赤絵を楽しんで

    これほどの集中力と技術、手間を要する赤絵細描。どうしても高価になってしまうのは仕方がない。「だからぜひお猪口を買って使って欲しいと思ってます。お猪口なら比較的安くて手軽。お酒を入れると中に描いてある絵が浮かんできれいですよ。ちょっとお酒を揺らしてみたりして。そういうところまで考えて作ってますから。それに、使っていくうちに赤が落ち着いた良い色になるんです。」酒の味もぐっとうまみを増すに違いない。

    「最初は絵具の溶き方も分からなかった」という

    手抜き心抜きのない物を作り続ける

    「良い物を作り続けていかんなん。ずっと“残る物”なのだから、手抜き心抜きのない、自分で良いと思う物だけを残していきたい。」「いっぺん手を(仕事の質を)落とすと戻らない。暇になったらもう一度良い物を作ろうと思っても、ダメ。」と熱く語る福島さん。
    「僕はデパートや美術館で個展を開くと、必ず絵付けの実演をします。」完成品を見せるだけではなく、作るプロセスも知ってもらいたいのだという。「赤絵が全国的に広がっていってくれるのが夢。これからも若い方といっしょに作り続けていきたい。」福島さんにとって楽しくて仕方がないというこの仕事。白い素地に描く小さな一筆一筆の“赤い美の世界”はまだまだ果てしなく広がっていく。

    極めて細かい作業。画面で確認できるだろうか・・・

    職人プロフィール

    福島武山

    「手抜き心抜きのないものを作り続けたい」と福島さん

    伝統工芸士。
    第23回全国伝統的工芸品公募展、第一席グランプリ受賞など赤絵細描の技を独学で築き上げる。

    こぼれ話

    陶芸ロマン古九谷の謎を探る!?

    陶芸ファンなら一度は興味を持つのが「古九谷発祥の地の謎」。力強い九谷五彩はどこから生まれたのか?石川県の山中温泉のさらに奥、九谷村に登り窯の遺構がありますが、近年の調査から古九谷=有田説も浮上。約350年前に生まれ、その後80年ほどで途絶えてしまったという謎の窯はファンを魅了してやみません。
    「北前船が加賀に戻る際に船を安定させるために有田の素地を積み、上絵付けは加賀で行われたものもあるんじゃないですか?私も他の産地の素地を使って絵付けをしたことがあります。なんと言っても九谷は絵付けが命ですから。」とは九谷赤絵の職人、福島武山さんのご意見。
    まだ結論は出ていないこの論争。研究者の調査はさておき、陶芸好きならば九谷焼と有田焼、じっくり見極めてあなたなりの仮説を考えてみるのも、焼き物の楽しみの一つかも。

    • JR大聖寺駅前にある石碑には「古九谷発祥之地」の文字が

     

     

概要

工芸品名九谷焼
よみがなくたにやき
工芸品の分類 陶磁器
主な製品花器、食器、茶器、置物、酒器
主要製造地域金沢市、小松市、加賀市、能美市
指定年月日昭和50年5月10日

連絡先

■産地組合

石川県九谷陶磁器商工業協同組合連合会
〒923-1111
石川県能美市泉台町南13番地
石川県九谷会館(九谷陶芸村)内
TEL:0761-57-0125
FAX:0761-57-0320

http://www.kutani.or.jp/

特徴

九谷焼は多色の絵が描かれる上絵付けに本来の持ち味があります。豪快で濶達な線書きの上に、緑、黄、赤、紫、紺青の五彩で施される和絵具の、重厚な輝きが、九谷焼の特徴です。九谷独特の、やや青みを帯びた素地がその落ち着いた色調で、上絵付けを一層引き立てます。

作り方

地元の陶石から磁器作りのもととなる粘土を作り、ろくろや鋳込(いこみ)等の技法で素地を作ります。色付けはより細かい絵を丹念に描き入れます。力強い白と黒の水墨画のような絵に、まだ色が出ていない状態の色絵具をそっとのせるように置きます。この絵具が炎により美しく発色し、ガラス質に変わって、白地の磁器が色鮮やかに生まれ変わります。線書きの筆使いの鋭さと、上絵具の重厚さから九谷焼が生まれます。

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