金沢漆器

石川県

江戸時代に、現在の石川県を中心とした地域で力を持っていた加賀藩は、美術工芸の振興に力を入れていました。
かつて江戸時代初期の藩主が、桃山文化を代表する「高台寺蒔絵(こうだいじまきえ)」の高名な作家、五十嵐道甫を指導者として招いたことから金沢漆器は始まりました。その他に江戸からも印籠蒔絵(いんろうまきえ)の名工等も招かれ、加賀蒔絵の伝統を築き上げていきました。このように加賀藩によって育成された金沢漆器は、貴族文化の優美さに力強い武家文化が加わった独特の漆工芸となりました。

  • 告示

    技術・技法

    1 木地造りは、次のいずれかによること。
    (1)板物にあっては、「端挟み」をすること。
    (2)曲げ物にあっては、「ころ曲げ」又は「挽き曲げ」によること。
    (3)刳り物にあっては、荒刳りをした後、仕上げ刳りをすること。
    (4)挽き物にあっては、ろくろ台及びろくろがんなを用いて成形すること。
    (5)乾漆にあっては、原形に精製漆を塗付し、「さび付け」、「地付け」及び布張りをした後、「脱型」をすること。

     

    2 下地造り、中塗及び上塗は、次のいずれかによること。
    (1)塗立にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、生漆で「すり漆」をした後、精製漆を塗付すること。

    (2)ろいろ塗にあっては、次の技術又は技法によること。 
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付しては水研ぎをすることを繰り返すこと。
     ハ 上塗は、ろいろ漆を塗付し、ろいろ研ぎ及び胴擦りをした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

    (3)はけ目塗にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、生漆を「すり漆」した後、はけを用いて絞漆を塗付すること。

    (4)溜塗にあっては、次のいずれかによること。
     イ 塗立仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、「本堅地造り」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
      3)上塗は、ろいろ彩漆を塗付し、水研ぎをした後、朱合漆を塗付すること。

     ロ ろいろ仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、「本堅地造り」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
      3)上塗は、ろいろ彩漆の塗付、水研ぎ、朱合ろいろ漆の塗付、ろいろ研ぎ及び胴擦りをそれぞれした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

    (5)梨地塗にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、黒漆又はベンガラ漆の塗付、「梨地粉蒔き」、「粉止め」、空研ぎ、梨地ろいろ漆の塗付、ろいろ研ぎ及び胴擦りをそれぞれした後、生漆を、「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

    (6)吸上げ塗にあっては、次のいずれかによること。
     イ 塗立仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、「本堅地造り」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
      3)上塗は、生漆を「すり漆」し、精製漆を塗付し、「焼漆」を用いて「たたき」をした後、拭き取りをすること。
     ロ ろいろ仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、「本堅地造り」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付しては水研ぎをすることを繰り返すこと。
      3)上塗は、ろいろ漆の塗付、ろいろ研ぎ、胴擦り、「焼漆」を用いた「たたき」及び拭き取りをそれぞれした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこ

    (7)根来塗にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、黒ろいろ漆の塗付、荒研ぎ、朱ろいろ漆の塗付、水研ぎ、生漆を用いた「すり漆」及び胴擦りをそれぞれした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

    (8)あけぼの塗りにあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、「本堅地造り」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、朱ろいろ漆の塗付、荒研ぎ、黒ろいろ漆の塗付、水研ぎ、生漆を用いた「すり漆」及び胴擦りをそれぞれした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

    (9)一閑塗にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、生漆を用いて木地固めをし、和紙張りをした後、精製漆を用いて「漆引き」をすること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、生漆を「すり漆」した後、精製漆を塗付すること。

    (10)目弾き塗にあっては、次の技術又は技法によること。
     イ 下地は、柿渋に砥の粉を混ぜ合わせたものを塗付し、研磨をした後、精製漆を塗付すること。
     ロ 中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
     ハ 上塗は、生漆を「すり漆」した後、精製漆を塗付すること。

    (11)布目塗にあっては、次のいずれかによること。
     イ 塗立仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、生漆を用いて木地固めをし、布張り及び「さび目摺り」をした後、「さび研ぎ」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付した後、水研ぎをすること。
      3)上塗は、生漆を「すり漆」した後、精製漆を塗付すること。
     ロ ろいろ仕上げにあっては、次の技術又は技法によること。
      1)下地は、生漆を用いて木地固めをし、布張り及び「さび目摺り」をした後、「さび研ぎ」をすること。
      2)中塗は、黒中塗漆を塗付しては水研ぎをすることを繰り返すこと。
      3)上塗は、生漆を用いた「すり漆」、ろいろ漆の塗付、ろいろ研ぎ及び胴擦りをそれぞれした後、生漆を「すり漆」してはろいろ磨きをすることを繰り返すこと。

     

    3 蒔絵をする場合には、次の技術又は技法によること。
    (1)平蒔絵にあっては、「置目」及び絵漆を用いて模様描きをし、「粉蒔き」及び「粉固め」をした後、「粉磨き」をすること。
    (2)高蒔絵にあっては、「置目」、「炭粉上げ」、「炭粉研ぎ」及び高蒔絵漆を用いて「高上げ」をし、「高上げ研ぎ」、「上絵下」、胴擦り、生漆を用いた「すり漆」及び絵漆を用いた模様描きをした後、「粉蒔き」、「粉固め」、「粉研ぎ」及び「粉磨き」をすること。
    (3)研出蒔絵にあっては、「置目」及び「ろせ漆」を用いた模様描きをし、「粉蒔き」、「粉固め」及びいろいろ漆を塗付した後、荒研ぎ、生漆を用いた「すり漆」、ろいろ上研ぎ、胴擦り、生漆を用いた「艶出しすり漆」及び本艶磨きをすること。
    (4)肉合蒔絵にあっては、「さび高上げ」及び「高肌上げ」を施した高蒔絵並びに研出蒔絵に関する技術又は技法によること。

     

    原材料

    1 木地(乾漆を除く。)は、イチョウ、ヒノキ、「アテ」、キリ、クロガキ、セン、ケヤキ、ホオ若しくはクリ又はこれらと同等の材質を有する用材とすること。

    2 漆は天然漆とすること。

  • 作業風景

    一般に漆塗りの工程は大きく分けると4つの段階で説明することができます。まず、ケヤキ、ミズメザクラ、トチ、サクラ、クリ、ホオなどの堅牢性の高い木々から生地として木取りをしてそれぞれの形に合わせて木地を作る“木地”。この段階では歪みのない木地を得るための原木の適切な乾燥状態と、正確な寸法に仕上げる職人の技がポイントといえます。
    木地師によって作られた木地は塗り工程に進む前に下地付けへ回されます。この下地作業の部分は完成した漆器では見ることができません。しかし、漆器の堅牢さや上塗の仕上がり具合はこの下地作業の善し悪しによって左右されるといっても過言ではありません。木地の接合部や傷などの穴・裂け目を充填する刻苧(こくそ)や傷つきやすい部分を補強する布着せといった作業が含まれます。
    下地工程を経るとようやく塗りに入ります。漆は、何度も“塗っては研ぎ”を繰り返し、下塗・中塗・上塗と工程が進んでいきます。塗った漆が“乾く”には湿気が必要とされ、乾くよりは“固まる”といった方がわかりやすいかもしれません。この乾燥の速度は日々の天候などにも左右され、職人の技術が問われる部分です。最後の上塗はわずかなほこりやちりも付着させないよう、塗師も細心の注意を払って行います。普段使いの漆器は上塗のみの仕上げが多いのですが、さらに絵や図柄をほどこすこともあります。これを“加飾”と呼びます。加飾には金銀粉を蒔き付ける“蒔絵”、花塗した面に模様を線彫りし、そこに金箔を付着させて金線の文様を表わす“沈金”、貝殻の薄片を模様の形に切り装飾する“螺鈿”などがあります。
    では、いくつかの主な工程を見てみることにしましょう。

    工程1:

  • クローズアップ

    武家文化の力強さを表現する加賀蒔絵

    美術工芸的な漆器として名高い金沢漆器。その華麗で重厚な仕上がりは、加賀蒔絵と呼ばれる高度な加飾技術によって実現されている。とくに、図柄を部分的に盛り上げる肉合研出蒔絵(ししあいとぎだしまきえ)は加賀蒔絵の特徴的技法だ。

     

    若いお弟子さんに追いつけ追い越せ

    「蒔絵は最後の工程。自分が仕上げた物がそのままお客さんの手に渡ります。お客さんに喜んでいただくのがこの仕事の楽しみですね。」清瀬一光さんは父親から受け継いだ2代目の加賀蒔絵師。「32歳のとき、実家に戻ってきました。それからこの仕事を始めたので、最初は自分よりずっと若いお弟子さんたちに負けたくないという気持ちで必死に打ち込みました。蒔絵の面白いところは自分の技術があがることでどんどん表現の幅が広がっていくところですね。」
    金沢漆器は数ある漆器産地の中でも、高度で華麗な蒔絵によって美術品としての価値が高く評価されている。全国の多くの漆器が庶民の生活道具から生まれた漆芸であるのに対し、金沢漆器は藩主前田家によって育成された貴族的な工芸という歴史があるためだ。加賀蒔絵の特徴はなんと言ってもその豪華さ優美さにある。

    美しい金の色と細やかな表現の加賀蒔絵

    表現・磨き・金の色が腕の見せ所

    「蒔絵は“絵”である以上、まず表現がポイントになってきます。美しい濃淡が出ているか、うまくぼかせているかを見て欲しいですね。」蒔絵は、塗上がった漆器に絵柄をつけるために、漆で絵を描き、その上に金粉を蒔き、もう一度漆をかけてから、磨いて絵を浮き出す加飾技法。よって、「磨きの見極めが大切です。磨きが足りないと色が出ないし、磨き過ぎると金を傷めてしまいます。こればかりは人から教わるものではありません。経験と勘で極限まで磨き上げます。とくに金を盛り上げる肉合研出蒔絵は熟練の技を必要とします。盛り上げ方にも場所によって角がピンと立っていなければならないところや、逆になだらかになっていなければならないところなど、うまく表現できていないといけません。」
    そして、職人のオリジナリティとも言える重要なポイントがもう一つ。「金の色です。自分なりの色、つまり“清瀬の色”を出していきます。」客も“清瀬の色”に惹かれてファンになる。「ひとりで品物を仕上げられるようになるまでに10年。そこから自分なりの金の色を出していくのに10年はかかります。私なんかまだまだかけだしですよ。」

    左手親指の“爪盤”はパレットのようなもの

    色と値段に職人のこだわり

    「うちの工房から出す以上は金の色には徹底的にこだわります。清瀬の色であること。」その断固とした口調に職人としての揺るぎないこだわりが感じられる。「そして値段。親の代から図案ごとに決まった値段があるので、今でもそれを変えないでやっています。もちろん苦しいですよ。でもバブルだからといって値段をあげたりしていてはお客さんに迷惑がかかります。“商売人に儲けさせろ”が親の教えです。利幅は売る人がとればいい。そうすることで職人の仕事に切れ間がなくなって、作ることに徹することができるのです。」

    象牙の筺に小さな金の板をのせていく作業

    火事になったら真っ先にこれを持ち出す

    「火事になったらまず筆を持ち出します。もう、手に入りませんから。」蒔絵用の筆はネズミの毛が用いられている。この筆を作る人がもうほとんどいないのだという。「次は金粉。蒔絵師の仕事場にはたいていある程度の金のストックがあります。作業の途中で金が切れたら仕事にならないからです。漆が乾いてしまって、(それまでの作業の)すべてが無駄になります。だからあらかじめ必要な金の量を計算してから仕事にかかります。」そして3つ目に持ち出すのが「図案。清瀬家に伝わる図案です。これがなくなったらたいへん。非常に貴重なものです。作った物は必ず写真にとって図案と一緒に保管しています。」
    話の随所に職人としての厳しいこだわりが感じ取れる清瀬さん。「とにかく(この仕事を)できるだけ長く継続することが大切だと思っています。」そのために、ガラス・象牙・べっこうに蒔絵をほどこすという新しい試みも始めている。
    仕事場には、職人として着実に腕をあげている将来の3代目(息子さん)の姿も見える。加賀蒔絵職人のこだわりもしっかりと受け継がれていくに違いない。

    蒔絵筆など作業道具は整然と並べられている

    職人プロフィール

    清瀬一光 (きよせいっこう)

    頑とした職人気質を感じさせる清瀬一光さん

    32歳から26年の職人歴。親の教えをきっちりと守りながら自分ならではの新しい分野も挑戦して切り開く。

    こぼれ話

    新しい素材が拓く蒔絵の世界

    従来、蒔絵は漆器に施されるものでした。しかし、加賀蒔絵職人、清瀬一光さんはその高度な技術で新たな可能性を拓いています。それは、ガラス・象牙・べっこうへの蒔絵。自分自身で素材の調達先も探しだしたという“新”蒔絵です。もちろん素材が違うことで出てくる新たな問題もあったそう。「ガラスだと接着剤の問題。象牙は多孔質なので漆がそこへ入って真っ黒になってしまいます。」これらの問題を解決することで、伝統的な蒔絵の技術からまったく新しい世界を切り拓いてゆきました。伝統工芸は職人の絶え間ない工夫から発展してきたもの。21世紀に新しく始まる伝統工芸があってもいいのでは。加賀百万石の歴史を伝える工芸王国でそんな楽しみも見つけることができました。
    かわいらしい蒔絵の象牙製ペンダント

     

     

概要

工芸品名 金沢漆器
よみがな かなざわしっき
工芸品の分類 漆器
主な製品 室内調度品、茶道具、花道具
主要製造地域 金沢市、野々市市、河北郡内灘町
指定年月日 昭和55年3月3日

連絡先

■産地組合

金沢漆器商工業協同組合
〒920-8639
石川県金沢市尾山町9-13
金沢商工会議所内
TEL:076-263-1154
FAX:076-263-1158

特徴

金沢漆器は江戸蒔絵、京蒔絵とともに並び称される加賀蒔絵だけではなく、木地部門・塗り部門のそれぞれが高い技術を駆使して製作され、今なお、加賀百万石の遺風を感じさせます。

作り方

主に原材料にイチョウ・ヒノキ・アテ等の木を使用し、木地工程、変わり塗り工程、平蒔絵、高蒔絵(たかまきえ)、研出蒔絵(とぎだしまきえ)等の加飾工程を経て、優雅な金沢漆器が出来上がります。

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