伝統工芸 青山スクエア

名古屋桐簞笥

名古屋桐簞笥は約400年前、名古屋城の築城に携わった職人たちが城下町に住みついて、箪笥や長持等を作ったのが始まりと言われています。徳川幕府の全国統一の後、人々の暮らしや経済が安定してくると、織物の生産が急増し、衣服も豊かになりました。高級呉服が一般の人々の手に入るようになるのとともに、それまでの収納家具にかわって機能的で合理的な箪笥が必要になってきました。
また、名古屋は豊かな森林資源を持つ飛騨地方に近く、飛騨桐という全国でも屈指の良材に恵まれていたことがその発展を大きく促しました。

  • 告示

    技術・技法


    乾燥は、自然乾燥によること。


    使用する板材は、無垢板とすること。この場合において、板材の厚さは、天板、側板、たな板及び地板にあっては19ミリメートル以上、束板にあっては13ミリメートル以上、裏板及び引出しの底板にあっては7ミリメートル以上とすること。


    側板に対する天板の接合は、7枚組以上の前留め組み接ぎ、前留めあり組み接ぎ又は包みあり組み接ぎにより、側板に対する地板の接合は、7枚組以上の前留め組み接ぎ又は包み打付け接ぎ若しくは胴付き追入れ接ぎにより、側板に対するたな板の接合は、胴付き追入れ接ぎによること。


    引出しの部材の接合は、包み打付け接ぎ、組み接ぎ、あり組み接ぎ又は包みあり組み接ぎによること。


    とびら又は引戸を付ける場合には、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    板物にあっては、板材の厚さは、19ミリメートル以上とし、芯材の枠の接合は、平留め接ぎによること。

     
    (2)
    枠物にあっては、板材の厚さは、枠の部材にあっては19ミリメートル以上、戸板にあっては7ミリメートル以上とし、枠の部材の接合は、平留め接ぎ又は留形やといざね接ぎによること。


    側板と足との接合には、「足くぎ」を用いること。


    仕上げは、うずくりを用いるみがき及びやしゃぶしを用いる着色をした後、ろうみがきをすること。

    原材料


    木地は、キリとすること。


    くぎは、ヒバ製又はこれと同等の材質を有するものとする。


    金具は、銅、銅合金又は鉄製とすること。

     

  • 作業風景

    名古屋桐箪笥の制作工程は細かく分けると134にもなりますが、ここではその大きな流れのみをご紹介します。ひとりの職人によって最初から最後まで手作業で作られる桐箪笥は、一対(夫婦箪笥の二本)作るのに一カ月もかかる大変手間のかかるものです。

    工程1: 造材

    原木のまま1~2年自然乾燥させた桐を製材します。板の状態でさらに半年から一年、自然乾燥させる段階で雨に当て、渋を抜きます。渋抜きと乾燥というこの段階をていねいに行うことが完成品になったときの狂いや変色を防ぐのです。

    工程2: 木取り

    引出し用、扉用と使う部分に応じて木目や節の状態を見て選び、切断します。仕上がりを想定して桐材の木目が最も美しく出るように工夫しなければなりません。

    工程3: 狂い直し

    次に火にあぶって狂いを直します。桐材は他の材木に比べて柔らかく素直な性質のため、一度そりやひずみを直すと元に戻りません。桐のそうした特徴を利用して修正するのです。ここまでの作業に手間をかけることが、完成品の質を決めるのです。

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    工程4: はぎ加工

    何枚もの板をはぎあわせて一枚の板を作ります。はぎ合わせる面を平に削った後接着剤をぬり、ひもや締め金具を使って固定して、自然乾燥させます。桐の木は太い原木が少ないので、幅広の板を作るために必要不可欠な技術です。

    工程5: 本体加工

    寸法に合わせてはぎ加工した板を切断し、削って組み立てていきます。このとき、組み合わせる二枚の板それぞれに凹凸をつくり、はめ込んでいく「ほぞ組み」とう技術を使います。本体の組み立てには熟練した職人でも丸一日かかります。長い時間をかけて用意してきた桐材を生かすも殺すもこの組み立ていかんにかかってくるため職人が最も気を遣う工程です。接合部は接着してヒバ材の木釘を打ち込んで固定します。

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    工程6: 引き出し加工

    引き出しは枠組みをつくり、最後に底板を打ちこみます。これを仕込むと組み立て完了です。

    工程7: 仕上げ加工

    仕上げ削りで木地全体を調整したあと、かるかやの根を束ねた「うづくり」で磨き、木目立てをします。そしてハンの木の実を煎じて作った「やしゃぶし液」にとの粉を混ぜてぬり、色つけと目立てを重ね、最後にろうで磨きます。

    工程8: 金具付け

    最後に金具をつけて完成です。

     

  • クローズアップ

    極めれば総桐、職人が見た桐箪笥

    名古屋桐箪笥の歴史は古い。1610年に名古屋城が建てられた時に、この地に移り住んだ指物師が作り始めたと伝えられる。嫁入り道具にこだわるこの地方では、昇箪笥と中開箪笥、一対の夫婦箪笥は長い間、嫁入り道具に必要不可欠だった。しかし、最近の桐箪笥を取り巻く環境は厳しい。今回は、半世紀近く名古屋の桐箪笥をめぐる動きを見続けてきた職人・原田惟亘さんにお話を伺った。

     

    島根から名古屋桐箪笥の職人に

    島根県出雲市出身の原田さんが名古屋へ来たのは16歳の時。祖父は傘職人、父は大工という職人一家に生まれて、小さい頃から物を作るのが大好きだった原田さん。小学生の時から職人になろうと心に決めていたという。中学卒業後、木工を勉強するために入った職業訓練校で紹介されて、卒業生が社長をしている今の会社に入社した。名古屋へやってきて以来40数年間、原田さんは箪笥を作り続けてきた。「とにかく好きだったねえ。誰よりも好きだった。」

    名古屋桐箪笥の製造工程は細かく分けると134にもなる

    時代に合った箪笥を作りつづけて

    昭和30年代半ばから本物の桐箪笥は売れなくなった。安くておしゃれな新素材の商品がさまざまな家具メーカーから出始めたのだ。そんな頃、原田さんはメラミン化粧板の箪笥をつくり、全国家具連合展示会の通産大臣賞を受賞した。昭和36年のことだ。メラミン化粧板は当時最先端の素材で、汚れにくいし桐よりも安く大ヒット商品になった。毎日夜中の11時、12時まで仕事をしても追いつかないほどだったという。本物の桐箪笥がまた少しずつ出るようになってきたのは昭和50年頃のことだ。原田さんは横の板が厚く角を丸めた「胴丸(どうまる)」という新しい型の箪笥を作り、愛知県家具連合会の賞ももらった。高級感のある「胴丸」は今、桐箪笥のスタンダードのひとつになっている。時代に合ったものを作っていかなくちゃだめだと原田さんは言う。

    水害で証明された総桐の実力

    平成12年(2000年)9月、愛知県地方では豪雨による河川の決壊などで、名古屋市近郊の西枇杷島町を中心に6万戸以上が床上・床下浸水の被害にあった。水害で水に浸かった桐箪笥が数多く修理に持ち込まれたが、水にぷかぷか浮いていた箪笥を乾かして引き出しをあけてみると、中の着物はほとんど傷んでいなかったという。原田さん自身も水害にあった桐箪笥を何本か修理した。「桐箪笥はちょっと水につかったくらいじゃ大丈夫。引き出しの隙間がバッチリ合わせられて湿気を完全に遮断するんです。」これは、洋ダンスだとそうはいかないのだそうだ。その理由は、和箪笥は引き出しの前板が仕切り板よりも少し引っ込んでいるが、洋ダンスは引き出しの方が出っぱっているため、濡れて木が膨張した時の密閉度に差が出るからだそうだ。さすがに何日も水に浸かっていると鍵穴のところから水が入るが、今回の水害を教訓に鍵穴の防水も改良していくつもりだという。

    一番難しい技術はやはりかんなかけだという

    三代使える総桐箪笥

    最近は「桐箪笥」と言いながら、合板の表面に桐の薄い板を貼り付けただけのものが大量に出回っているという。素人にはなかなか見分けがつかない精巧さで、総桐のものが一本150万円ほどするのに対して半値くらいで売られているという。また、安い洋家具が出回り、長い間嫁入り道具として不可欠だった桐箪笥も今の若い人には人気がない。「でもね、本物を志向するのならやっぱり総桐です。総桐は水害にあったり古くなって汚れてきても洗って鉋(かんな)をかければ新品と見間違えるくらいになる。だから三代先まで使えるんです。でも、桐の薄い板を張り付けただけのものや洋ダンスは洗えない。全然違うね。」合板の箪笥も作ってきた原田さんが断言する。

    何世代にもわたる歴史を

    ずっと一緒に切磋琢磨しながらやってきた先輩が三年前に辞めた。体がきつくなったという。「ぼくも本当は、そろそろ隠居して楽したいんだよ。でもね、そういうわけにもいかない。」後継者はなかなかいない。今、名古屋桐箪笥の工場の中で最も多く職人をかかえる原田さんの会社でも職人7人はみな50代以上。なんとか若いやつのひとりや二人育ててから辞めたい。工場長としての悩みの種だ。「職人は地味な仕事。一人前になるまで時間もかかる。半人前のやつにそんなにたくさん給料も払えない。でも、物を作るっていうのは楽しいことだよ。ぼくは45年間やってきて、幸せな人生だったと思っています。」名古屋近郊の一宮市にある旧家・岩田家には、200年前の桐箪笥が今も現役で使われているという。桐は軽く、狂いが少ない。湿気を通さず、虫も付かない。その上、火にも強い。本物だけが持ちうる贅沢な歴史である。

    ひとりの職人が一から十まで手作業で作っている

    職人プロフィール

    原田惟亘 (はらだ・ただのぶ)

    1939年(昭和14年)島根県出雲市生まれ。
    中学卒業後、職業訓練校を経て名古屋桐箪笥の「有限会社出雲屋家具製作所」に入社。以来、40数年間箪笥ひとすじ。

    こぼれ話

    桐箪笥職人伝統の技~仕口(しくち)

    名古屋桐箪笥には「仕口」といって、釘を使わず板と板を直角に組む「継ぎ手」「組み手」の技法があります。この仕口は、箪笥本体や引き出し、扉など、組み合わせる場所によって違う、数多くの方法があります。これらの方法は木工における上級技法で、簡単にまねのできるものではありませんが、職人の技の一端をご紹介しましょう。
    1.「組み接ぎ」と2.「蟻組み接ぎ」は引き出しに使います。蟻組み接ぎははめ込む突起を斜めに作ったもので、組み接ぎよりも丈夫です。3.前留組み接ぎ4.前留蟻組み接ぎは箪笥の本体部分を組むときに使います。二枚の板の合わせ目を45度に切り、前から見ても横から見ても合わせ目が見えないようになっています。そのほか、扉に使う仕口、地板や棚板に使う仕口などそれぞれに合わせた方法があります。これらの方法は1800年頃に確立されたもので、200年の歳月を受け継がれ、今も変わらず箪笥造りに使われているものです。

    組み接ぎ
    蟻組み接ぎ
    前留組み接ぎ
    前留蟻組み接ぎ

     

概要

工芸品名 名古屋桐簞笥
よみがな なごやきりたんす
工芸品の分類 木工品・竹工品
主な製品 昇箪笥、中開箪笥、衣装箪笥、小袖箪笥、帯箪笥、総桐チェスト
主要製造地域 名古屋市、春日井市
指定年月日 昭和56年6月22日

連絡先

■産地組合

名古屋桐箪笥工業協同組合
〒486-0903
愛知県春日井市前並町字前並8-4
(有)出雲屋家具製作所内
TEL:0568-34-0081
FAX:0568-34-0081

特徴

他の産地のものと比べて20cm程度幅が広く、昇箪笥の右下に小引出しが付いています。金具は金や銀の着色が施され、「袋戸(ふくろと)」には金箔画や漆塗蒔絵が描かれる等、豪華なものが多くみられます。

作り方

工程は大まかに、造材、木取り、加工、加飾、金具付け等に分けられ、130余りの工程を1人の職人で作ります。キリ無垢板(むくいた)を使用し、各部材の接合は伝統的な組み接ぎ(くみつぎ)法を用い、仕上げはカルカヤの根を束ねた「うずくり」という道具を用いて磨き、矢車附子液(やしゃぶしえき)と砥の粉(とのこ)を混ぜて着色した後、蝋(ろう)で磨きます。

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