山形鋳物

山形県

平安時代の中頃に、山形地方で起こった乱を治めるため、源頼義がこの地方を転戦しました。
その時、軍と行動をともにした鋳物職人が、山形市内を流れる川の砂と千歳公園あたりの土質が鋳物に最適であることを発見しました。これらの鋳物職人のうちの何人かがこの地に留まったことが山形鋳物の始まりとなりました。

  • 告示

    技術・技法


    鋳型造りは、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    砂型であること。

     
    (2)
    溶湯と接する部分の鋳物砂には、「真土」を用いること。

     
    (3)
    鋳型の造形は、「挽き型」又は「込め型(「ろう型」を含む。)」によること。

     
    (4)
    「挽き型」による場合には、鋳型の表面に「紋様押し」又は「肌打ち」をすること。

     
    (5)
    鋳型の焼成又は乾燥(「肌焼き」を含む。)をすること。


    鉄器にあってはその表面に漆及び鉄しょうを用いて着色をし、銅器にあってはその表面に硫酸銅、ろくしょう又は鉄しょうを用いて着色をすること。


    鉄器のうち料理用具として用いられるものにあっては、「金気止め」をすること。

    原材料


    鋳物の素材は、鉄器にあっては砂鉄又は鋳物用銑鉄とし、銅器にあっては銅合金とすること。


    着色剤に用いる漆は、天然漆とすること。

  • 作業風景

    山形鋳物は鉄製なのになぜか、あたたかみ、息づかいまでも感じさせてくれるようです。それはすべての工程を数えると、60有余もあると言われる製作工程すべてに、職人たちの伝統に培われた技、手がかかっているからでしょう。

    工程1: 型挽き

    まずイメージした釜のデザインを紙に書き起こします。この紙に書いたデザインをもとに、木型を作ることから鋳物作りは始まります。
    そして、型挽きという作業に移ります。さね型と言われる丸い外枠に木型を使って、上下2つの型を作ります。鋳型は、木型を回しながら砂を固めて作ります。

    工程2: 文様付け、環付け

    鋳物のためにあるともいえる山形の砂や粘土は、薄い肌づくりと正確な形を作りだします。その砂や粘土を何層にも挽き重ね、鋳型を作ります。次に、持ち手の環(かん)を通す環付けの部分を作り、型に埋め込みます。その後、絵杖(へら)でひとつひとつ霰(あられ)模様やへら押し模様を描きます。釜師の全神経が指先に集中する作業です。

    工程3: 中子づくり・型焼き・型組み

    次に砂を固めて、釜内部の空間となる部分の中子をつくります。これを自然乾燥させた後に、焼き固めます。そして、上下の鋳型の中にこの中子を入れ、鋳物の型ができあがるのです。

    工程4: 注湯

    そしていよいよ鉄を溶解し、この鉄を注湯します。1,300~1,500度に熱して真っ赤にとけた鉄(これをお湯と言います)を湯汲みに取り、湯口から一気に型の中に流し込むのです。この工程は鋳物の良し悪しを決める一瞬で、熟練した釜師でもたいへん緊張するそうです。

    工程5: 型抜き・砂落とし・仕上げ

    鉄が少し冷めたら、さね型からこれを取り出し、小さなカナヅチで軽くたたきながら、中子の砂を取り除いていきます。それを素焼きして、酸化皮膜を表面に施すことにより、錆(金気)を防ぎます。この後、やすりで形を整え、釜の肌を磨きます。

    工程6: 着色

    こうして、いよいよ作業も仕上げの段階に入っていきます。ミゴ刷毛(はけ)と言われる特殊な刷毛を使って、釜の表面に本漆(ほんうるし)の下塗りをし、はがれないように焼き付けます。この後にオハグロや茶汁を、軽く加熱した釜の表面にムラのないように、何回もクゴ刷毛で重ねて刷きつけて着色します。こうして鉄鋳物、あるいは青銅鋳物でつくられたふたを組み合わせることにより、ようやく山形鋳物の茶の湯釜が完成します。

     

    この山形鋳物の伝統的な技法は、挽き型、あるいは惣型(そうがた)鋳造と呼ばれるものです。900年という山形鋳物の長い歴史の影には、技を受け継いだ数々の職人たちの絶え間ない努力が、こうした技術を生み出していったのです。茶の湯釜の製作工程をご紹介しましたが、この技術は、鉄瓶・鉄なべといった家庭用品はもちろんのこと、青銅花瓶や置き物といった工芸品や、自動車や農機具などの機械製品・部品などにも広く応用されているのです。

     

  • クローズアップ

    伝統と現代感覚の調和、山形鋳物

    平安の昔からの歴史と、すぐれた技術力が定評の山形鋳物。しかし現在、モダンでカラフル、デザインを重視する新しい風も吹いている。今のライフスタイルに合った鋳物、それは鉄瓶ではなくまさにティーポットと呼ぶにふさわしいものだ。

     

    900年の歴史を持つ山形鋳物

    山形市が全国に誇る山形鋳物には、900年もの古い歴史がある。平安時代の康平年間に、この地で乱が起き、それを平定するために源頼義が山形地方を転戦。その際に従軍していた、刀や槍といった武具を作る鋳物師が、山形市内を流れる川の砂やこの地の土が鋳物に非常に適していることを発見した。その後何人かの鋳物師がこの地にとどまり、山形鋳物の礎を築いたのである。今から400年ほど前には、鋳物師17人を1ヶ所に集め、その町を銅町とした。現在のいわゆる工業団地のはしりである。
    当時、出羽三山神社への参拝客はひと夏に1万人を越すほどで、この参拝客がお土産物として鋳物の仏具や日用品を買い求めた。こうして山形鋳物の名前は全国へと広まっていったのである。この後、京都などの先進地を視察することによって山形唐金鋳物(ブロンズ)の技術が確立し、梵鐘や灯籠といった大きなものも製作されるようになっていった。

    ぬくもりまで感じさせる山形鋳物

    現代感覚にマッチした製品作りを追求

    山形鋳物は近代に入っても順調に発展。伝統的工芸品にも、もっとも早く指定された。現在、鉄瓶、鉄鍋、日用品といった家庭用品、ブロンズの花瓶、置物、梵鐘、仏像や、モニュメントなど美術工芸品、インテリア・エクステリアと幅広く造られているが、有名なのは茶道に使う茶の湯釜であり、日本一の産地でもある。そのデザイン、色、形、技術とすべてにおいて、茶道愛好者から高い評価を受けている。山形鋳物の特徴は、肉薄でかつ鋳肌の美しいことである。実用性はもちろんのことだが、‘わび・さび’という日本人独自の感性や究極的な美をも満たすものがそこには存在する。
    しかし山形県鋳物協同組合では、伝統や風評に甘んじることなく、現代感覚にマッチした製品作りを常に模索している。

    個性的な花器とキャンドルスタンド

    モダンでおしゃれな鋳物

    増田さんの工房を訪れ、その作品を見せていただいて驚いた。山形鋳物につきものの「900年の伝統」であるとか「確かな技術」という、立派ではあるがどこか重いイメージをみごとにくつがえしてくれた。それらの作品はミュージアムショップや、セレクトショップに置いてあるような、モダンでシンプル、かつ品がよく、おもわず手に取りたくなるデザイン・色使いである。実際、彼の作品はMOMA(ニューヨーク近代美術館)にも所蔵されている。
    増田さんはもともとは東京を拠点に活動していらっしゃったが、1977年に山形に移り住まれた。「山形という産地で制作するからこそ、可能性や展開も広がったと思います。それは東京にいたのでは、できなかったこと。」

    デザインや色使いもとてもおしゃれ

    「用と美」を追求して

    増田さんが制作される上でもっとも気をつけているのは、「用と美」ということ。「使い勝手のいいことはもちろんですが、そこにデザインクオリティの高さもつけたい。世の中には、昔ながらのものを守り続けて衰退していったものも多くあります。技術とニーズをすりあわせる努力が生産者にも求められているのでは。」消費者のニーズをすくいとるために、インターネットも積極的に活用されている。「インターネットはコミュニケーションの手段として、情報収集として、モノづくりに今後、重要な役割を担っていくのでは、と期待しています。ネットは広くて大きい。ごく少数でもクオリティの高いものを日本で作るべき。ネットあつらえという、受注生産が当たり前になるといいですね。もっとも昔は何でも全部、あつらえだったんですがね。」

    自立した職人を育てたい

    また増田さんは現在、山形県鋳物協同組合の研修会の講師として活動されるとともに、東北芸術工科大学でも教鞭をふるわれていて、後継者育成にも力を注いでいらっしゃる。「手仕事の伝承が今、見直されているのはいいことです。若い人たちの間でウェブ関連の仕事もいいけど、大工や美容師もカッコいいという風潮になっている。これからは職人も自立する、ということが大切です。生産者、販売、ユーザーとすべてをわかってプロデュースする能力が必要とされるでしょう。せっかく手間ひまかけていいものを作っても、ユーザーまで届いていかないのは残念ですからね。」

    モノづくりは自然で健康なこと

    「難しいことを言ったって、モノづくりっていうのは単純に楽しいから続けてるんです。それは種をまいて育てることにも似た、私にとってはとても自然で健康なことですから。」現在、増田さんは若い主婦たちに人気の料理研究家とキッチン用品のプロデュースをしたり、スタイリストの方たちとお仕事されているということだ。
    増田さんのモダンなデザインは、一方で伝統的な技術があってこそのもの。長い歴史と、職人たちの経験、そして現代的な感覚。この3つの調和が、新しい山形鋳物の魅力である。彼のようなタイプの職人が増えると、伝統工芸の世界はもっと広がり、楽しくなるはずである。今後の活躍にも目が離せない。

    オハグロを塗り、焼く増田さん

    職人プロフィール

    増田尚紀 (ますだひさのり)

    1949年生まれ。
    1977年から山形に住む。
    現在、山形県鋳物協同組合副理事長、(社)日本クラフトデザイン協会理事

    後継者育成にも力を注ぐ増田さん

    こぼれ話

    心をいやす鋳物の音色

     

    • 巨大な観音さまも鋳物技術があってこそ

     

概要

工芸品名山形鋳物
よみがなやまがたいもの
工芸品の分類 金工品
主な製品茶釜、鉄瓶(てつびん)、青銅花瓶、鉄鍋、置物、銅器
主要製造地域山形市
指定年月日昭和50年2月17日

連絡先

■産地組合

山形鋳物伝統工芸組合
〒990-0051
山形県山形市銅町2-1-21
株式会社 雅山 内
TEL:023-632-3432
FAX:023-632-3457

特徴

日本文化を代表する茶道になくてはならない茶の湯釜の多くが山形産です。鉄瓶、青銅花瓶、鉄鍋、置物等、薄手で、しかも繊細な肌や正確な形は伝統的工芸品にふさわしい優れた技術によるものです。

作り方

全体のデザインを決め、金属を流し込む入れ物にあたる外型を山形地方で採られた砂と粘土で作ります。外型の内部に、薄い和紙にデザインした文様を貼り付けて写し、釜の表面に現れる文様の型を作ります。次に釜のなかの空間部分を作るための中子(なかご)と呼ばれるものを外型の中に入れて型を完成させ、溶かした鉄を注ぎます。型を開いて釜を取り出し、取り出したものを素焼きして着色して仕上げます。

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