信州打刃物

長野県

16世紀後半に起きた川中島合戦当時、この地方を行き来して武具・刀剣類の修理をしていた刃物作りの職人から、里の人々が鍛冶の技術を習得したのが始まりと言われています。
19世紀前半には、鎌作りを専門にしていた職人が、「芝付け」「つり」の構造を考案しました。同じ頃、別の職人が両刃鎌を片刃の薄刃物に改良しました。この二つの鎌が現在の信州鎌の原型となっています。

  • 告示

    技術・技法


    成形は、刃物鋼を炉で熱し、鎚打ちによる打ち延ばし及び打ち広げをすることにより行うこと。


    鎌は、片刃とすること。


    鎌にあっては、「樋」、「芝付け」及び「つり」を、片刃鉈にあっては、「樋」を付けること。


    焼入れは、「泥塗り」を行い急冷すること。


    「刃付け」、「研ぎ」及び「仕上げ」は、手作業によること。

    原材料


    使用する素材は、鉄及び炭素鋼とすること。


    柄は、木製とすること。

  • 作業風景

    信州打刃物と呼ばれるものは鎌、包丁、鉈など色々ありますが、今回は鎌についてその制作工程を見ていくことにします。

    工程1: じぎり

    鋼づくりと地鉄づくりをした後、地鉄に鋼を接合します。地鉄よりも鋼のほうが厚みが薄くなっています。刃物の種類によって違いますが、例えば9ミリの地鉄に2ミリの鋼を鍛接します。

    工程2: コミ曲げ

    柄にさし込む部分を曲げます。

    工程3: 腰出し

    コミ曲げした部分を広げます。

    工程4: 広げ

    所定の形まで丹念に打ち広げます。

    工程5: 押切り

    刃先を整え寸法を合わせます。

    工程6: コミ作り

    柄に差し込む部分を整えます。

    工程7: 荒打ち

    炉で700度に加熱したのち、手鎚とハンマーで打ち「ヒラ」の厚さを均一にします。厚みを均一にするには熟練が必要です。

    工程8: 荒みがき

    表面に付着している酸化鉄やカスを取り除き、きれいにします。

    工程9: 刻印打ち

    商標や品質表示の刻印を表面の所定の位置に打ちます。

    工程10: 小ならし

    炉で500度に加熱した後、手鎚で打ち表面をなめらかにし強靱性を高めます。この時鎌独特の「つり」「芝付け」が付されます。

    工程11: 中研ぎ

    中目の砥石で鋼の部分を磨きます。

    工程12: 焼入れ

    泥を塗り、均一に780度位に加熱保持後、水槽に入れて急冷します。この工程によって鋼の組織が変わって固くなり、「刃物に命が入る」と言われます。泥を塗るのは焼入性をよくするため。

    工程13: 焼もどし

    鋼に適当な粘りを持たせる工程です。粘りを持たせることで刃こぼれを防ぎ切れ味を持続させます。

    工程14: ヨリ取り

    鋼と地鉄の膨張率が異なるため、焼入れ後、反りや曲りが生じてしまいます。その反りや曲がりを直す作業です。

    工程15: 刃研研磨・つや出し

    羽布(ばふ)で磨いてさらにつやを出します。

    工程16: サビ止め

    椿油またはニスを塗って錆止めとします。

    工程17: 柄すげ

    形状にあった柄を取り付けます。

     

  • クローズアップ

    打たれるから強くなる 信州打刃物

    450年の歴史を持つ信州打刃物。強靱でいつまでも切れ味が落ちず使い勝手がよいということで、特にこの産地の鎌は有名である。そのほかに手打ちだからこそ様々な種類の刃物を作ることができる。今回はあらゆる刃物を鍛造する職人に話を聞いた。

     

    試行錯誤の連続

    信州打刃物の技術を継承する伝統工芸士の畑山充吉さんは、生まれも育ちも信濃町。親の家業も打刃物だった。その家業は兄が跡を継いで、畑山さんはしばらく別の仕事をしていた。21歳の時に信濃町に戻り、家の手伝いをするようになる。とはいうものの「いきなり『やれ』と言われてね、何も教えてくれなかったね」と当時を振り返る。「だから何から何まで試行錯誤の連続だったね。機械のすり減り方が早いのはなぜか、どんな鋼(はがね。刃先に使われる硬い金属)を使えばいいのか、鋼と下地が剥がれないようにするにはどうすればいいのか、とにかくよく研究したよ」畑山さんは26歳の時に独立。以来信州打刃物一筋で生きてきた。

    仕事場の様子。手元を照らす裸電球が印象的だ

    叩くことで不純物が抜ける

    機械化された工場で作られる刃物と信州打刃物の大きな違いは、製造時に刃の部分を「叩くこと」である。最近は機械式のハンマーを使うこともあるが、それでも基本的にとにかく叩く。なぜ叩くのか。「叩くことにより不純物が抜けるし、組織が細かくなる。そうなると、刃物がよく切れるようになるし、永切れ(いつまでも切れ味が落ちないこと)するんだ」と畑山さんは語る。一方、一般に出回っている刃物は「型抜き」の刃物である。叩かれることなく削られて刃先がつけられる。「比べてみれば切れ味が全然違う」と畑山さんは自信を持って言う。

    右端の棒が徐々に刃物に変化していくのは驚きだ

    刃物の種類によって鋼を変える

    信州打刃物を作るには2種類の金属を叩き合わせて作る。簡単に言うと下地となる金属と刃先になる金属である。下地になる金属を地鉄、刃先になる金属を鋼(はがね)と言う。刃物の切れ味に大きく関わるのは鋼の部分であるが、その鋼には種類があり、それぞれ特性が異なる。「炭素の少ない鋼は粘りがあるから欠けに強い。だから厚鎌や鉋に。炭素の多い鋼は薄鎌や包丁なんかに使うと永切れしていい」刃物の用途に合わせて鋼を使い分けている。

    力仕事の証。親指の当たるところがすり減っている

    必ず自分で使ってみる

    畑山さんは「どんな刃物でも作ることができる」と言い、鎌、鉈(なた)、菜切包丁、出刃包丁などから盆栽用の刃物まで、注文に合わせてさまざまな刃物を作っている。「作ったら必ず自分で使ってみて刃の切れ具合を確かめるんだ。だから鎌を作ったときには裏庭の草刈りをする」直径3センチ程度の木ならノコを使わなくても畑山さんの鎌で切ることが出来るという。丈夫で良く切れる鎌だからこそできることである。

    使い方に合わせて刃物を選んで欲しい

    畑山さんが1日に作ることができる量は鎌だと20~50本である。作った刃物には普通は瓢箪の印が刻まれる。しかし特注のものになると「充吉作」と刻まれる。どちらも職人としての誇りと責任の証である。「使用に合った刃物を選んで欲しい。例えば草の種類によって鎌を変えるとか。やってみるとわかるけど、作業性が違うんだ。とにかく使ってもらいたいね」。自分の仕事に自信を持っているからこそ言える言葉である。使えば使うほどその良さがわかる、そういう刃物が信州打刃物なのではないだろうか。

    特注ものには責任と誇りを持って「充吉作」と刻まれる

    職人プロフィール

    畑山充吉 (はたけやまじゅうきち)

    昭和21年生まれ。
    「昨日よりも今日は良いものを作ろうといつも思っている」と語る伝統工芸士。
    「特に焼き入れの温度にはこだわるね」

    こぼれ話

    刃物のナミナミ

    「包丁の絵を描いてください」と言われたらあなたはどんな絵を描きますか。おそらく多くの人が、輪郭を描いた後に刃先の近くにナミナミの線を描き加えるのではないでしょうか。実はこのナミナミが地鉄と鋼の境目なのです。ものによってはほぼ直線のものもありますが、色が変わっているのでわかると思います。
    2種類の鉄を使うのは、地鉄の粘りと鋼の固さを上手く組み合わせることで、良く切れて長持ちする刃物が出来上がるからなのです。人間の知恵の結晶とでも言えるのではないでしょうか。信州打刃物のように2種類の鉄を使っている刃物はすべてこのナミナミがあります。
    一方、ナミナミがない包丁はどうなのでしょうか。それは手打ちのものではありません。さて皆さん、ご自分の使われている包丁を見て、ナミナミを確認してみましょう。

    • 手打ちの刃物には「ナミナミ」の線が見える

     

概要

工芸品名 信州打刃物
よみがな しんしゅううちはもの
工芸品の分類 金工品
主な製品 鎌、包丁、なた
主要製造地域 長野市、千曲市、上水内郡信濃町、飯綱町
指定年月日 昭和57年3月5日

連絡先

■産地組合

信州打刃物工業協同組合
〒389-1312
長野県上水内郡信濃町富濃584-1
TEL: 026-255-6391
FAX: 026-255-6391

https://shinsyu.biz/

特徴

1本1本の鎌・包丁は鍛造された後、打ちのばされるため強靱な刃物になります。鎌は、刃の巾が広く「芝付け」「つり」により柄を水平に持っても鎌身が斜めに立ち、刈り取られた草を手元に寄せられるのが特徴です

作り方

刃物になる鋼を炉で熱し、鎚(つち)打ちによる打ちのばし、打ち広げをして形を作ります。鎌は片刃で、「芝付け」「つり」、なたは、片刃なたには樋という細長い溝を付けます。焼き入れは、泥塗りという作業を行い急冷します。刃を付け、研いで仕上げる作業は手作業で行います。

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