伝統工芸 青山スクエア

肥後象がん

熊本県

寛永9(1632)年肥後国主として入国した細川忠利侯に仕えた林又七が、鉄砲や刀の鐔に象がんを施したのが祖とされます。
江戸時代この林家のほか平田家・西垣家・志水家・神吉家などにより、肥後鐔の名品が数多く残されています。明治9年(1876年)の廃刀令以降は、装身具や装飾品に転じ、日常生活の変化に対応した製品が作られています。

  • 告示

    技術・技法


    生地成形は、手作業によって、生地を「切る」、「削る」、「叩く」、「磨く」、「透かす」又は「鑞付けする」ことにより行うこと。


    生地は、手作業により、縦、横及び斜めの3方向ないし4方向による「布目切り」のほか、「彫り込み」、「切り嵌め」又は「高肉彫り」によること。


    打ち込みは、型鏨、鋏又は鏨により切り離した金属板及び線を、金槌及び鹿の角を用いて行うこと。


    布目消しは、金へら、布目消し棒、きさげ及び鑢を用いて、生地上の切目を「潰し」又は「削り」により行うこと。


    毛彫りは、切り分け刃物又は毛彫り鏨を用いて、「切り分け」又は「彫り」により行うこと。


    表面磨きは、朴炭及び朴板又は桐板を用いて、「研ぎ」又は「均し」を行い、磨粉又は磨棒を用いて「磨き」を行うこと。


    錆出しは、伝統として受け継がれてきた独自の「錆出し液」を表面に塗布することによって行うこと。


    錆止めは、茶葉を用いて煮沸し、植物油又は漆を塗布して焼き上げること。

    原材料


    生地に使用する金属は、鉄、銅、真鍮又は赤銅とすること。


    打ち込みに使用する金属は、金、銀、銅、青金又は朧銀とすること。

  • 作業風景

    肥後象がんは、鉄の地金に溝を彫り、そこに金銀の板や糸をはめ込んで作ります。溝の付け方にはいくつかの種類がありますが、肥後象がんの基本といわれる技法は、「布目切り」です。ここでは、布目切りを使った象がんのブローチができるまでをご紹介します。

    工程1: 生地作り

    鉄の板をヤスリで削って形をつくります。

    工程2: 生地磨き

    ヤスリで鉄の表面を綺麗に磨きます。ヤスリは、目の粗いものから徐々に細かいものに変えながら、表面に錆や汚れなどがないようにしっかり磨きます。

    工程3: 生地の準備

    「ヤニ台」という作業台に生地をのせて固定します。「ヤニ台」は、松ヤニと砥粉などを混ぜたものを板の上に厚く盛ったもので、象がん師が自分で作ります。ヤニは、熱すると簡単に柔らかくなり、常温で固まるため、バーナーでヤニを温めて生地をヤニ台に密着させます。常温に戻ると生地はヤニ台にしっかりと固定されています。ヤニ台に取りつけた生地の表面を、ヤスリやサンドペーパーで磨いて、さらに滑らかにします。

    工程4: 下絵描き

    1.薄紙を当てて生地の形を写し取ります。紙を台から外し、生地の形の中に図柄を配置して筆で下絵を描きます。
    2. 完成した下絵をヤニ台に留め、紙の上からタガネを弱くあてて下絵をなぞり、生地の表面に薄く跡を付けます。
    3. 薄紙を外し、タガネの跡をなぞって、生地に筆で下絵を描きます。薄紙を使わず、生地に直接下絵を筆でかくこともあります。

    工程5: 布目切り

     
     

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    生地の表面にタガネで溝を刻みます。縦、右斜め、左斜め、横の四方向に刻み目を入れます。刻み目の間隔は狭いほど良く、1ミリの間に5~10本溝が刻まれます。

    1. 縦方向の布目を刻みます。
    2. 縦方向の目を全て刻み終わったら、ヤニ台を回転させて右斜め方向を刻みます。刻み目の角度は、ヤニ台の回転によって調節し、体勢やタガネを振るう角度が変らないようにします。同様に左斜め、横と刻んでいきます。

    溝の深さは、縦が最も深く、右斜め、左斜め、横の順に浅くなるように力加減を調節します。

    工程6: 型抜き

     

    象がんには、金・銀・青金(金と銀の合金)が用いられます。象がん師は、ローラーを使って、象がんする金属を一定の厚さに伸ばします。この時の厚さは、0.08ミリ。京象嵌に用いられる金属板の4倍の厚さです。このため、肥後象がんは「高象がん」とも呼ばれます。
    象がんする金属の板を型タガネで打ち抜き、文様のパーツを作ります。この時用いる型タガネは、文様の形に合せて象がん師が自分で作ります。
    型抜きした金銀片を、皿にのせて火に掛けて焼きます。これを「なまし」といいます。「なまし」をすることで、金銀片の伸びがよくなり布目にしっかりとはまって生地からはがれにくくなります。

    工程7: 打ち込み

     

    「なまし」をした金銀片や金銀の針金を生地にのせ、地金の刻み目に食い込むように、鹿の角で丹念に叩きます。
    金銀片の表面に地金に刻んだ布目が透けて見えるようになったら、次の工程に移ります。

    工程8: 叩き締め

    地金にはめ込まれた金銀片の、表面に見えている布目を専用の金鎚でたたいて消していきます。
    この加工によって金銀片の表面が滑らかになるとともに、地金の布目と金銀片がしっかり噛み合います。

    工程9: 磨き

    棒で表面をこすって磨きます。磨いた後、もう一度、鹿の角で叩き締めます。

    工程10: 布目消し

     

    1. はめ込んだ金銀片の縁に沿って地金の布目を布目消し棒の先端で押して潰していきます。縁の布目を消したら、今度は布目消し棒を寝かせて、広い部分の布目も押しつぶしていきます。
    2. 布目を潰したら、キサキという道具を使って、表面を削って滑らかにしていきます。

    工程11: 磨き

    数種類の磨き棒を使い分けながら、生地の表面を磨き、布目を切る前の滑らかな状態にもどします。
    磨き棒による磨きの後、さらに朴炭で磨き、丹念に磨きあげます。

    工程12: 毛彫り

    はめ込んだ金銀片の細部を毛彫りタガネで削り文様を整えます。
    毛彫りがすんだら、皮に研磨剤を付けて表面を磨きます。

    工程13: 錆び出しの準備

     

    磨きの済んだ生地をヤニ台から外し、水を入れた鍋に苛性ソーダと共に入れて熱し、付着しているヤニや脂などの汚れを落とします。汚れが落ちたら水洗いします。

    次に、水で薄めた硝酸につけて地金の表面をざらつかせます。表面がうっすら曇ってきたら液から取り出し、アンモニアで中和し、最後に水で洗います。こうした加工を施すことで、地金の表面に錆びが綺麗にのるようになります。

    工程14: 錆び出し

     

    地金の部分に錆を生じさせて色や風合を出します。この工程を「錆び出し」といいます。「錆び出し」には、錆液という液体を用います。
    錆液は、硝酸や塩酸にさまざまな成分を加えたもので、象がん師によってその内容が異なり、秘伝の液とも呼ばれています。

    a:錆液を表裏にまんべんなく塗り、予め熱しておいたコンロに乗せます。
    b:生地が乾き、生地がうっすらと赤くなったらコンロからおろします。しばらくして、生地が冷めたら、塗りと乾燥をもう一度繰り返します。
    c:2回目の乾燥が済んだら、コンロから下ろした生地を、室と呼ばれる木箱に入れ、2時間寝かせます。

    寝かせおわったものを取り出し、a~cの工程をさらに3回繰り返します。錆の出方は、温度や湿度によって変るため、冬場など錆が出にくい季節にはa~cを5回繰り返します。
    最後は室に入れずに一晩放置します。

    工程15: 錆止め

    1.鍋に水を入れて火にかけ、暖まってきたところで茶葉を入れます。茶葉に含まれるタンニンが、鉄の酸化を中和して錆の進行を止め、また、錆を黒く変色させます。
    茶葉投入後、生地を網にのせて鍋に沈め30分間煮ます。途中で沸騰したら差し水をして煮続けます。30分たったら引き上げ、水で洗いながら冷やします。
    2. 冷ました生地の水気をふき取り、予め温めておいたコンロに乗せます。
    生地から白い煙が上がってできたらコンロからおろします。

    工程16: 焼き付け

    コンロから下ろした生地全体に、油煙を混ぜた椿油を刷毛塗りし、木綿の布で拭いてから、温めておいたコンロにかけます。
    焼き付けを行うことで、表面に被膜が作られます。
    2回同じ工程を繰り返した後、油煙を混ぜていない透明な椿油で拭きあげ、象がんが出来上がります。

    工程17: 組み立て

    出来上がった作品に金具などを取り付け、商品の形に仕上げます。

    工程18: 完成

     

     

  • クローズアップ

    武家の美学を現代の感性で表現する~肥後象がん~

    肥後象がんは、地金に刻んだ溝に金銀を埋め込んで文様を表現する工芸だ。その源は、細川藩時代の刀の鐔の装飾に遡る。加飾という、実用から離れた存在であるがゆえに、肥後象がんには武家文化の美学が凝縮されている。時代が変わり、象がんの対象が刀から装身具などに変っても、底に流れる美意識は変らない。
    そして、それらを作り出す技と心も、今日まで脈々と受け継がれている。象がん師の家に生まれ、タガネの音を聞いて育ったという、象がん師白木光虎さんにお話をうかがった。

     

    オーダーメイドの工芸品

    白木さんの家は百年続く象がん師の家系である。三代目の光虎さん、息子であり四代目になる良明さんと、象がんの技は代々受け継がれている。しかし、白木家には、図案と呼べるようなものは伝えられていないという。
    肥後象がんは、元々は「あつらえ」、今でいうところのオーダーメイドによって製作された工芸品だった。戦前までは、象がん師は注文主と共同で図案を練り上げ、注文主の好みや個性を存分に表現する作品に仕上げるために腕を振るったという。そのため資料が残らなかったのではないかと白木さんは推測する。
    キセルや、羽織紐、懐中時計など、自分の個性を存分に表現した肥後象がんのあつらえものは、いわゆるステイタスシンボルだったという。
    肥後象がんは、大変に手間のかかる仕事である。例えば、文鎮ひとつ仕上げるのにかかる時間は、およそ2ヶ月。そうした手間は価格に反映されてくる。
    あつらえの肥後象がんは、注文主の感性だけでなく財力も表現していたのである。

    桜唐草文羽織紐・男物白木壽七作

    自分好みのものを作る喜びを知ってもらいたい

    「昔の人は、自分の目を信じていたし、自分自身の好みや個性を大事にしていました。それが、現代では『有名人が持っているから良い』というような思想で、自力で見極めようとしなくなりましたね」
    闇雲にブランド物に走るよりも、あつらえの良さを知ってほしいと、白木さんはある企画を実施した。息子の良明さんと二人で開いた作品展の会場に『オリジナル肥後象がん制作コーナー』を設けたのである。
    「来場者が自分でデザインした象がんを自分の手で作ることができる」そんな場所を設けることで、人々に自分でデザインしたものが形になる喜びを感じてもらえればと、白木さんは考えたのだ。さらには、実際に加工を体験することで、肥後象がんの技術に対しても理解を深めてもらえるのではないか、そんな思いも込められている。

    ホテル図シガレットケース白木重治作

    感性と技術

    昔は技術さえ身につければそれで良かった。しかし現代では、どんなに技術が素晴らしくても、デザインが悪ければ通用しない。考えることと技術の修得を平行していくことが大切なのだと、白木さんは説く。
    肥後象がんでは、象がんを施す鉄生地は、装身具など以外は、象がん師が自ら鉄片から金鋸やヤスリで削って作りだす。そして、作業に使ういろいろな形や大きさのタガネも、ヤスリを使って自分の手で作るという。肥後象がんは一から十までをひとりでやる仕事である。だからこそ、作者の感性や技術、デザイン力があからさまに映し出される。
    「感性のいい人ほど、いい作品をつくる」そう断言する白木さんは、自らも感性を磨くために、象がんに限らず日々さまざまな作品を見て回る。絵画、書、染、織などその興味の範囲は幅広い。良い作品は見ているうちに「何となく、いい」と感じるようになるという。
    「なんとなく良さが分かるということは、すでに感性の積み重ねができてるということだと思うんです」
    とにかく、いろいろなものに関心を持ち、いいものを見ることが、感性を磨く第一歩なのだと白木さんは力説する。

    熊本という風土に育まれて

    肥後象がんの地金の漆黒色は、金属が錆びることで作り出される。錆を使ったこの加工は、肥後象がんの仕上げの技法であり、その風合が作品に与える影響も大きい。象がん師の家では代々錆び出しのための液の作り方を大切に伝えている。
    錆を出すには、適度な湿気と温度が欠かせない。乾燥地帯では錆はでないし、低温でも錆はでない。肥後象がんは、熊本の高温多湿な気候の中で作ることによって、その美しさを最大限に発揮する。
    「よその土地でもできないことはないでしょうが、熊本の土地を基盤としたノウハウでここまできてますからね。土地と切っても切り離せない。工芸というのはそういうものだと思います」
    肥後象がんの技は風土を、その造形は歴史に裏付けられた美意識を映す。白木さんは肥後象がんを守ることが、熊本の文化の伝承に繋がると信じている。

    象がん額「熊本城」白木光虎作

    職人プロフィール

    白木光虎 (しらきみつとら)

    昭和13年生。昭和42年に白木家三代目を継承。昭和49年、日本伝統工芸展西部工芸展に初出品入選。以後同展にて、昭和50年銅賞、昭和51年金賞、平成2年正会員賞などを受賞。九州各県および東京・大阪で精力的に個展を開催。
    (社)日本工芸会正会員、(社)日本工芸会西部支部幹事。熊本県美術協会会員。

    こぼれ話

    肥後象がん講座

    熊本県伝統工芸館では、平成12年から「肥後象がん講座」が開講されている。講座では、第一線で活躍する象がん師が一般公募で集まった生徒に技術を教えている。
    講座は月2回、午前10時から午後4時まで。家に帰っても復習・予習を行わないとついていけないほど濃密な内容で、体験教室や趣味の講座とは大きく異なっている。
    この厳しいともいえる講座の背景には、「一度失われた技術を復活させるのは、容易なことではない」という危機感がある。たとえアマチュアでも、きちんとした肥後象がんの技術を受け継いでもらいたい。そんな、熱い思いに応えるように、生徒たちも力作を製作している。彼らの作品は、地元の工芸展にも並び「肥後象がん」のアピールに一役かっている。

     

概要

工芸品名 肥後象がん
よみがな ひごぞうがん
工芸品の分類 金工品
主な製品
主要製造地域 熊本市
指定年月日 平成15年3月17日

連絡先

■産地組合

肥後象がん振興会
〒861-5344
熊本県熊本市西区河内町岳1844-241
TEL:090-7380-3862
FAX:096-200-3654

特徴

肥後象がんは鉄等の生地に鏨で切目を入れ、金銀を打ち込んで仕上げる布目象がんの他、彫り込み象がん、据もの、切り嵌め等の技法があり、「重厚」かつ「渋さ」が特徴です。黒字に金銀が映える品格ある製品作りがされています。

作り方

鉄等の生地にさまざまな模様の下絵を描き微細な布目状の切目を入れ、金銀の板を鹿の角で打ち込み、金銀に細かな毛彫りを施します。表面に秘伝の錆出し液を塗り均一な錆を生じさせ、お茶でたいて黒くし、錆止めを行います。

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