内山紙

長野県

内山紙の始まりは、江戸時代初期に、美濃で製法を身に付けた職人が、自分の家で漉(す)いたのが始まりと言われています。
内山紙の名はその地名から付けられたものです。多量の雪でコウゾを晒(さら)して白くする「凍皮」、雪晒し等、独特の技術を作り上げました。

  • 告示

    技術・技法


    原皮は、「凍皮」及び「雪ざらし」をすること。


    抄紙は、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    「流し漉き」によること。

     
    (2)
    簀は、竹製のものを用いること。

     
    (3)
    「ねり」は、トロロアオイを用いること。


    乾燥は、「板干し」又は「鉄板乾燥」によること。

    原材料

    原料は、コウゾとすること。

  • 作業風景

    雪に囲まれる飯山の農家による冬場の収入源として飯山の地に根付いた内山紙は、田畑の脇に自生したコウゾを使い、雪で漂白するという、地域の自然資源をうまく活かした製造方法を発達させました。コウゾの繊維を取り出し、雪で晒した後、アルカリ性の液でやわらかく煮て、更に繊維をほぐしてから紙に漉かれます。
    丈夫さが売りの内山紙は障子紙用に広く普及し、また筆墨紙(ひつぼくし)としても高い評価を受けています。全国の自治体で保存用の文書に使う紙はその大部分を内山紙が占めています。

    工程1: コウゾの栽培

    コウゾはかつては田畑の際に普通に見られたクワ科の植物です。和紙の原料になるほかの植物に比べ、繊維が長く丈夫なコウゾは、近隣の農家により栽培され、秋に刈り取られて紙漉き職人へと売られていました。コウゾから葉が落ちる11月から12月頃になると、根本から刈り取ります。

    工程2: 皮はぎ、黒皮乾燥

    刈り取ったコウゾを80センチから1メートルくらいの長さにして束ね、釜で蒸し、熱く柔らかいうちに和紙の原料になる皮をはぎます。この皮を黒皮とよびます。
    皮は束ねて吊るしておきます。家々の前にコウゾが吊るされている光景は、飯山の冬の風物詩ともなっています。

    工程3: 凍皮(とうひ)、皮かき

    黒皮を水に漬けた後、夜間雪の上に放置して凍らせます。3回ほど繰り返すと、表皮が剥ぎ取りやすくなるので、皮の表面に残った皮や傷を「おかき」という道具を使ってはぎ落とします。これを「皮かき」といいます。

    工程4: 雪晒し(ゆきさらし)

    雪に晒して漂白します。
    雪の上に黒皮を並べ、その上に新雪をまばらにかけます。雪の降った翌日は、家族総出の作業です。この状態で1週間ほど放置します。雪が融ける際に発生するオゾンの漂白効果によりコウゾの皮が白く漂白されます。この状態の皮を白皮とよびます。
    晒し終わった皮を天日で乾燥させておきます。

    工程5: 煮熟(しゃじゅく)

    繊維をやわらかくするため白皮をアルカリ剤(苛性ソーダおよび炭酸ソーダ)の入った釜で煮ます。元々はアルカリ剤としては藁灰が使われていました。繊維を最も痛めないのが藁灰です。
    煮た後は、水でアルカリを洗い落とします。

    工程6: 漂白

    昔はなかった工程です。和紙に白さが求められる現在ではさらし粉や次亜塩素酸ソーダを用いて漂白されます。漂白した繊維に混じっているゴミを取り除いておきます。

    工程7: 打解(だかい)

    打解機に白皮を入れ、苛性澱粉を加えて一時間ほど叩いて繊維を一本一本ばらします。
    ここまでの工程をまとめて「原料調整作業」と呼んでいます。

    工程8: 玉造り、小振り

    打解されたコウゾの皮をおよそ1キログラムの玉にまとめます。玉にまとめるのは、「漉き舟」とよばれる紙漉き用の水槽に入れる原料を量るためです。
    漉き舟に水600リットルに対し、玉4個を入れ、さらに繊維を水中に均一に分散させる効果のある黄蜀葵(おうしょっき:通称トロロアオイ)の粘液を15リットル入れ、よく混ぜます。この作業を「コブル」といいます。

    工程9: 漉き

    ここまできて、やっと紙を漉く作業に入ります。水中から紙の繊維を簀桁(すけた)ですくい上げます。簀桁の面全体が均一な厚さになるよう、また、どの紙も同じ厚さに漉くためには長年の経験が必要です。簀桁を縦横に細かく振って、余計な水分を振り落とし、漉いた紙を重ねていきます。
    漉いた紙に圧力をかけて水分を搾り出した後、熱した鉄板に一枚ずつ敷いて乾燥させます。

    工程10: 裁断、紙つぎ

    裁断機で縦28.1センチ、横40.6センチの大きさに切ります。障子用には、この紙48枚を糊でつなぎ合わせ一帖(いちじょう19メートル)の長さにします。
    包装して内山紙の完成です。

     

  • クローズアップ

    厳寒の季節がつくり出す伝統の質 内山紙

    冬になると軒先に並べられるコウゾ。雪の飯山の風物詩として有名な内山紙づくり。和紙は聖徳太子の時代より日本人の和の心を書き残し、そして障子紙としてやすらぎを与え続けてきた大切な日用品。

     

    和紙の歴史をたずねて

    律令時代の日本の歴史を記す「日本書紀」によれば、日本で和紙が漉かれるようになったのは、聖徳太子の時代、西暦610年頃とのこと。漢王朝の末期、中国で発明された紙づくりの技術は、朝鮮半島を経て日本に至り、和紙として定着した。中国で発明されたのに和紙とはこれいかに?との疑問も湧くが、それほどまでに日本によく合った物の一つだったのだろう。
    土地に自生しているコウゾ、ミツマタ、ガンピを原料にして漉かれ、日本人の心を書き残してきた和紙。障子紙として、私たちの暮らしに欠くことのできなかった和紙。そんな和紙の手漉きの技を今に伝えるのが内山紙なのである。

    雪に埋もれる季節の副業として

    「専業で年中やってるのはウチだけなんですよ。」そう話してくれたのは北信内山紙工業協同組合の阿部理事長。職人がそれほど少ない地域なのだろうか?そんな疑問が湧いたがどうやら事情が違うようだ。「内山紙はもともと、雪に囲まれるこの地での冬の仕事として育ったのですよ。」豪雪地帯、飯山では冬場は農作業ができず、収入源がない。和紙づくりはそんな環境に適していたのだ。「コウゾを雪で晒すんです。雪が融けるときに漂白作用があるのです。」雪の上にコウゾを並べ、新雪が降ると家族総出で雪をかける光景が冬の飯山でよく見られた光景だった。「雪で晒すのはここと新潟くらいかな。ほかは川で晒すのが多いですね。」内山紙づくりは、元来冬しかできない季節限定の仕事だったのだ。

    厳寒の雪が内山紙の紙漉き技術を育んだ

    手漉きには飯山の楮が一番

    今では手漉きだけではなく、機械による和紙の製紙も行っている。原料供給に限りがあるため、機械には輸入したコウゾが使われることが多いとのこと。手漉きで作ってみると原料の違いはよくわかるらしい。「今はタイから輸入するコウゾが多いですね。でも暖かい地方で育ったコウゾでは手漉きの和紙には向かないのですよ。」気候の違いが繊維の質を変えてしまうのだ。
    「内山紙は丈夫さが特長です。障子紙として使われて来たのは、その丈夫さゆえ。」コウゾは和紙の原料の中で最も繊維が長く、障子紙にした時に違いが出る。丈夫さを求めた人たちから愛されてきた内山の和紙なのである。

    紙漉き職人の家の前に見られるコウゾを干す光景

    始めと終わり、同じ厚さに漉く高度な技術

    「手漉きならこの人ですよ。」と阿部さんに連れられて伺ったのは伝統工芸士、小林欣一さんの工房だ。農家の副業だった内山紙づくりは、小林さんのように農家の長男が継ぎ、伝統の技術をつないできた。さっそく手漉きの技を見せてもらった。「この槽を“舟”と呼びます。一舟で20枚の紙を漉きます。」舟にすのこを入れ、揺り動かしながら全体に均一に繊維を重ねていく。一枚目と最後では舟の中の楮の濃さがまったく違ってしまう。始めは濃いが最後は薄い。それでも同じ厚さに漉き上げるのが職人の技術なのだという。
    「いい紙は冬場でないと漉けません。」舟に溶かす黄蜀葵(おうしょっき、通称トロロアオイ)は繊維が水中に沈まないようにする効果があり、また、漉いた後に和紙を一枚一枚はがす時にも役に立っているのだとのこと。天然の原料だけに、夏場は腐って品質が変わりやすいのだ。厳寒の中で、雪と水を扱う過酷な仕事によって維持されてきた内山紙の質の良さだったのだ。

    寒い時季に漉くからこそいい和紙ができる

    障子のある生活

    洋風の家が増え、障子のない家に住む人も多くなった。かつてはどこの家にも見られた障子。大晦日には大掃除をしながら障子紙を張り替えるのが日本の冬の風物詩でもあった。「昔は雨戸なんてなくて、障子紙で外とも仕切っていたのですよ。」家の中の湿気を吸い、適度に放出してくれる和紙は、明かりも適度に取り入れてくれ、日本の建築に合っていた。天然の材料による家作りが見直される昨今、障子紙ももっと見直されていい。しかも、障子はなぜか私たちの心を落ち着かせてくれる。畳の上に座って、障子を透して差し込んでくるあかりの中でお茶をいただく。どこか懐かしい和の心をも内山紙は演出してくれるのだ。

    障子紙として名声を守ってきた歴史がある

    職人プロフィール

    小林欣一

    内山紙を代表する伝統工芸士。お話している時のにこやかな表情が紙を漉き始めるとふと厳しい面を見せる。

    阿部一義

    北信内山紙工業協同組合理事長。手漉き和紙のほかに機械による和紙製造も行っている。阿部さんの和紙は障子紙のほかに官庁の台帳保存用などに使われている。

    こぼれ話

    環境を大切にしてこその和の心

    近代まで日本は環境と共生してきたという点では先進国の中で唯一の国でしょう。和紙づくりの伝統からもそのことがよくわかります。その地で取れる原料を使い、環境を汚さない方法で作り上げ、使った後もきちんと土に返ります。
    和紙づくりには取り分け昔の人の知恵が生きています。有害な塩素などを使うことのない雪晒しによる漂白、厳寒の外気で凍らせてコウゾの繊維をばらし、繊維をほぐすために灰汁を使って、そして原料には木材を使わずに自生する非木材を使っています。
    もし、環境への配慮がなかったら、日本の文化はもっと粗雑なものになってしまったかも知れません。和紙の文化も育つことなく、わびさびの世界を書き記すこともできなかったのではないでしょうか?昔の人が筆を取ったときの気持ちに思いをめぐらすのも伝統的工芸品ならではの楽しみではないでしょうか。

    • 和紙でできたお雛さまは子どもたちに人気

     

概要

工芸品名内山紙
よみがなうちやまがみ
工芸品の分類 和紙
主な製品障子紙、永年保存用紙、加工書道用紙、紙加工品、一〆張り
主要製造地域飯山市、下高井郡野沢温泉村、下水内郡栄村
指定年月日昭和51年6月2日

連絡先

■産地組合

内山紙協同組合
〒389-2322
長野県飯山市大字瑞穂6385
TEL:0269-65-2511
FAX:0269-65-2601

http://www.uchiyama-gami.jp/

特徴

原料はすべて和紙原料の中で最も強くしなやかなコウゾを使用し、パルプは使用していません。コウゾ100%の紙は強靱で、通気性、保湿力に優れています。日に焼けず、強靱で長持ちするため障子紙としては最適です。また、長期間にわたって保存するための紙としても優れています。

作り方

コウゾの原木から内山紙が出来るまでには20~25くらいの工程があります。良質な内山紙を作るためには原料の下準備、紙漉き、乾燥の工程が大事です。とくに紙漉き作業は紙の良し悪しを決める大切な作業です。「流し漉き」は、手の切れるような冷たい水の中で少しも手を止めることなく、常に前後左右に動かし続け、紙の表情を作ります。漉きやすくするための水作りも大切です。

totop