伝統工芸 青山スクエア

川尻筆

広島県

産地と筆の関わりは、19世紀前半に菊谷三蔵が摂州有馬(現在の兵庫県)から筆を仕入れ、寺子屋などで販売したのが始まりと言われています。
また、筆の商売で成功の後、村人に筆の製造が農閑期の副業に有利なことを説き、19世紀半ば、上野八重吉が作ったのが、筆製造の始まりとされています。その後、何人かの業者が続き、「川尻筆」としての産地形成をなし、その名を全国に知られるようになりました。

  • 告示

    技術・技法


    毛もみの作業には、もみがらの灰を用いること。


    寸切りは、寸木及びはさみを用いること。


    混毛は「練り混ぜ」(ぼんまぜのあと練り混ぜを行うものも含む。)によること。


    糸締めは、麻糸を使用すること。

    原材料


    穂首は、ヤギ、ウマ、イタチ、タヌキ、シカ若しくはこれらと同等の材質を有する獣毛とすること。


    軸の素材は、竹又は木を使用すること。

  • 作業風景

    川尻筆にはいろいろな種類の筆があります。
    ここでは山羊の毛のみで作る羊毛筆のできるまでをご紹介します。

    筆には墨含みやコシの強さなど、いろいろな性質が求められます。
    これらのバランスによって筆の書き味なども変ってきます。
    毛筆の毛の部分は穂首といい、一般的な筆では5 段階の毛からなり、各段階の毛はそれぞれ異なる役割を担っています。5段階の毛がまんべんなく混ぜ合わされて、ひとつの穂首を作ります。毛の混ぜ合わせ方には「盆まぜ」と「練りまぜ」がありますが、ここでは、「練りまぜ」の技法をご紹介します。

    工程1: 原毛の選別

    毛の弾力、ツヤ、太さ長さを基準に原毛を選別します。製品にした時に切れたり曲がったりする可能性のある毛を判別し取り除きます。

    工程2: 毛組

    選別した毛をさらに5段階に分け、配合割合に応じた量を用意します。配合割合は作る筆によって異なります。

    工程3: 綿抜き

    原毛を晒しに包んで煮沸した後、よく乾燥させたところで、繰り返し金櫛をかけて毛をすき、原料についた綿を残さず取り除きます。

    工程4: 脱脂

    綿抜きした毛に、もみ殻を焼いた灰をまぶしてその上に熱した平らな重しを乗せ、毛を真っ直ぐに伸ばし、毛の中の油脂分を溶かし出します。
    毛の温度が下がる前に鹿皮で巻き、皮の上から丹念にもんで毛の油脂分を取り除きます。

    工程5: 先寄せ

    弓形に曲がった金属板に毛を乗せます。金属板の縁を小さな板で何度か軽く叩き、その振動によって毛先をきれいに揃えます。

    工程6: 逆毛・むだ毛取り

    逆毛や切れ毛・スレ毛・傷んだ毛などのむだ毛を見つけて取り除きます。

    工程7: 寸切り

    グループ分けした毛をそれぞれ必要な寸法にカットします。

    工程8: ねもどし

    各グループごとに毛の根元を揃えてひとまとめにします。まとめた毛の中から逆毛やむだ毛を見つけ出し、ハンサシ(筆づくり専用の小刀)を使って抜き取ります。

    工程9: 平目

    まとめた毛を水に濡らして櫛をかけ、逆毛やむだ毛を取ります。
    むだ毛を取り除いた毛をガラス台の上に横一列に薄く均一に広げます。
    広げた毛を「押さえ竹」で固定しながら、櫛で毛の流れを整えます。
    この状態を平目といいます。

    工程10: 練り混ぜ

     
     

    平目にした毛の層を端から巻き、それを押しつぶして毛を混ぜ合わせます。この作業を練り混ぜといいます。
    練り混ぜて平目にした毛は束にし、櫛をかけてむだ毛を見つけ、取り除きます。
    この作業を各グループごとに何度も繰り返します。各グループの練り混ぜが充分にできたら、それぞれのグループの毛を平目にして重ねてひとつにまとめ、再度練り混ぜとむだ毛取りを繰り返します。

     

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    工程11: 芯立て

    練り混ぜの済んだ毛を平目にし、毛全体にふのりを含ませ、作ろうとする筆の太さに合せて取り分けます。
    取り分けた毛をコマと呼ばれる枠に通し胴回りを揃えます。
    揃えた後、最後のむだ毛取りを行い自然乾燥させます。

    工程12: 上毛巻き

    芯立てした毛の外側に、極薄く伸ばした毛の層を巻き付けます。この毛は上毛あるいは化粧毛と呼ばれます。
    上毛を巻いたら再び自然乾燥させます。

    工程13: 糸締め

    乾燥させた穂首の根元を麻糸で留めます。

    工程14: 締め上げ

    根元に焼きごてを当てて穂首を締め固めます。締め上げが済めば穂首は完成です。

    工程15: 繰り込み

    台の上で軸を回転させながら、小刀で軸の内部を穂首の太さに合せて削ります。削ったところに穂首を差し込み接着剤で固定します。

    工程16: 糊取

    穂首にふのりを充分含ませた後、麻糸を巻きつけ、余分なのりを取り除きながら形を整えていきます。

    工程17: 銘彫刻

    銘を軸に刻印します。

    工程18: 完成

  • クローズアップ

    静かな町の静かな伝統工芸と職人

    眼前には島々が連なる瀬戸内海が広がり、背後には瀬戸内海国立公園の野呂山がそびえる海岸の町、広島県呉市川尻町。風光明媚なこの町では江戸時代から筆づくりが続けられている。
    川尻筆の愛用者には、書道家をはじめ陶磁器の絵付や漆器の職人など、筆使いのプロフェッショナルが多い。そうした中で、特に書道家に好まれる羊毛筆を専門に製作している筆職人のひとり、畑義幸さんを工房に訪ねた。

     

    職人の息子の気概

    畑さんは筆職人の家の三代目。一般的な筆の製作をしていた初代や二代目とは異なり、羊毛筆を専門としている。羊毛筆は筆の中の最高級品。中でも特に高級なものが一本物と呼ばれる特注品である。畑さんの製作の中心はそうした特注品だ。
    子どもの頃から家業の手伝いをしていた畑さんにとって、筆職人となるのは自然な流れだった。その流れを単純に引き継ぐのではなく、独自の道を切り拓こうとしたのには理由があった。
    「同じやるんなら、一番上を目指さにゃあ」という気概と「おやじと同じことしてたら、おやじにゃ勝てん」という思い。それが畑さんに羊毛筆を選ばせた。

    筆の最高峰「羊毛筆」

    羊毛筆の「羊毛」は、緬羊( ひつじ) ではなく山羊( やぎ) の毛を意味する。山羊の毛のみで穂先を作った筆が羊毛筆である。山羊の毛は、丈が長く、毛先が柔軟でまとまりや墨含みにも優れている。また、その柔らかさゆえに摩擦による消耗が少なく、毛の寿命も長い。毛筆の材料として理想的な特徴を備えている。
    上質な羊毛筆であれば、20年から30 年は使い続けることができるという。使えば使うほど毛の弾力が増し、書きやすくなる。まさに一生ものである。
    優れた性質を持つ羊毛筆だが、その製作は一般的な筆よりもはるかに難しい。
    羊毛筆の職人には、同じ様に見える毛を性質によって見分ける眼力と、それぞれの毛の特徴を充分に引き出す技が求められるのである。

    筆一本一本が真剣勝負

    畑さんは、素材の毛の買い付けから完成までを自分の手で行う。
    そこには、作る筆一本一本に対する熱意が込められている。分業で行われることの多い筆作りの工程を、ひとりで全て行うのは容易なことではない。職人として一本立ちするまでには時間もかかる。しかし、それだけに充実感も大きい。「ひとりで全部やったものに対して、筆を使う先生方から『おかげで賞がとれたよ』なんて言ってもらった時は、ものすごく嬉しいですよね。そこまで苦労したことや怒られたことが、みんな無くなるような気がします」

    世界にたったひとつの筆

    一本物の筆に求められる要求は厳しい。書道家は自らの作品に細かい指示を添えて、表現したいと思う線のイメージを畑さんに伝える。
    畑さんはそのイメージを筆に移し変えるのだ。
    筆を作る際には、原料の毛の性質やその組み合わせだけでなく、書道家の手の力や動かし方なども考慮される。最終的な表現は、全て絡み合ったところに生まれるからだ。
    今でこそ、依頼主が一度で満足する筆を作り上げる畑さんだが、駆け出しの頃には何度も作り直しをさせられたという。駄目出しが出れば、完成した筆を壊してやり直しである。そうしたやりとりの積み重ねが現在につながっている。
    芸術家の表現へのこだわりと、経験に培われた職人の技が、世界にたったひとつの筆を作り上げるのである。

    毛一本の重み

    筆作りは地道な作業の繰り返しである。どんなに上質な毛を使っても、工程が進み異なる加工が施されるごとに、曲がったりヨレたりする毛が現れる。それらを各工程ごとに見つけだしては丹念に取り除いていく。
    こうした地道な作業の積み重ねがあってこそ、質の高い筆を作ることができるのだ。
    川尻の筆作りには、素材の組み合わせから、使う人の手の特徴まで考え抜くイマジネーションと、真摯なものづくりの姿勢が共存している。筆使いのプロたちが川尻筆に信頼を寄せる理由はこんな所にあるのかもしれない。

    職人プロフィール

    畑義幸 ( はたよしゆき)

    昭和26 年、川尻町で祖父、父と続く筆職人の家に三代目として生まれる。父の元で筆づくりの基礎を身につけた後、東京や大阪の職人を訪ね技を磨く。昭和53年、常陸宮・同妃両殿下へ毛筆を献上。昭和57 年、全国最年少で全国書道用品生産連盟技能賞を受賞。昭和59 年には2 回目の技能賞を受賞。平成9年以降はテレビでも実演を披露し川尻筆の紹介に努めている。平成16 年度全国伝統的工芸品公募展入選。

     

     

    こぼれ話

    川尻町筆づくり資料館

    町を見下ろす野呂山の山頂に、川尻の筆づくりに関する資料を集めた「川尻町筆づくり資料館」がある。1階が研修室、2階が展示室になっており、展示室には筆づくりの道具や材料が展示され、筆づくりの工程を見ることができる。

    村上三島、金子鴎亭、青山杉雨などの現代書家の作品や、中国の書家たちの作品( 複製) も展示している。

概要

工芸品名 川尻筆
よみがな かわじりふで
工芸品の分類 文具
主な製品 書道用筆
主要製造地域 呉市
指定年月日 平成16年8月31日

連絡先

■産地組合

川尻毛筆事業協同組合
〒737-2603
広島県呉市川尻町西1-2-2-401
TEL:0823-87-2395
FAX:0823-87-2395

http://www.shokokai.or.jp/34/3442410506/index.htm

特徴

「練り混ぜ(ねりまぜ)」という毛混ぜの技法が一般的です。この技法は大量生産には向きませんが、反面、高度な技術を必要としていることから、出来上がった製品は高い品質の筆となります。

作り方

穂首製作工程、軸製作工程、完成工程の3つの工程に分けられますが、いずれの工程も古くからの技法によって1本1本手作業で進められ、それぞれ複雑な工夫と気配りを経て丹念に仕上げられます。 原材料は主に、穂首に獣毛、軸には竹や木を使用していますが、獣毛は川尻筆が製造され始めた頃から現在まで用いられ続けています。

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