甲州手彫印章

江戸時代末期の「甲州買物独案内」には、甲府市内に御印版を扱う版木師の存在を示す記載があり、当時から既に職人が存在し、印章の商売を営んでいたことがわかります。
同じ時期の別の文献には、極上草入六角(草等が混入した水晶で印材として珍重された)や水牛の印材の注文記載があり、当時から各種印材による印章が甲府市内で造られていたと判断できます。

  • 告示

    技術・技法


    「印面摺」は、砥石を用いて印面を平らにすること。


    「字入」は印稿及び字割を行った後、枠内に左文字で描くこと。


    印材がツゲ及び水牛にあっては、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    起底刀を用いて文字部分を残すよう粗彫をすること。

     
    (2)
    判差刀を用い、押切刀法及び引切刀法により文字を整え、仕上げをすること。


    印材が水晶にあっては、次の技術又は技法によること。

     
    (1)
    タガネ製の丸刀をたたきながら印面を彫り出すこと。

     
    (2)
    タガネ製の平刀をたたきながら文字を仕上げること。

     
    (3)
    タガネ製のさらい刀をたたきながら深く彫り、凹面の整形を行うこと。

    原材料

    印材は、ツゲ、水牛、水晶とすること。

  • 作業風景

    工程1: 印面摺(いんめんすり)

    ツゲ、水牛、水晶などの印材の印面を、砥石(といし)を用いて平らにします。

    工程2: 字入れ(じいれ)

    印稿(いんこう)や字割(じわり)を行った後、印面の枠内に左文字(鏡文字)を書きます。

    工程3: 彫り(ツゲ及び水牛の場合)

    (1)起底刀(きていとう)という、彫りに適した彫刻刀を使い、文字部分を残すように粗彫り(あらぼり)をします。
    (2)判差刀(はんさしとう)という細かい彫刻刀を用いて文字を整え、仕上げをします。この時、押切刀法(おしきりとうほう)といって、押しながら彫る刀法と、引切刀法といって、彫刻等を引きながら彫ってゆく刀法を用いて彫ります。

    工程4: 彫り(水晶の場合)

    (1)印面の文字を見やすくするため、印面の反対側を墨で黒く塗ります。
    (2)タガネ製(金属)の丸刀(大きな釘のような形)をたたきながら印面を彫り出します。
    (3)タガネ製の平刀をたたきながら文字を仕上げます。
    (4)タガネ製のさらい刀をたたきながら深く彫り、凹面の整形を行います。

  • クローズアップ

    世界でたったひとつのハンコ、甲州手彫印章

    ハンコなんて安くてもいいという風潮のもと、機械でできたハンコが日本中に溢れている。そんな中、ハンコに深い愛着をもち、ハンコの持つ意味を考えながら手で彫り続ける職人が山梨にいる。この道45年の横森省三さんにお話を伺った。

     

    「新しい」伝統的工芸品のもつ歴史

    甲州手彫印章は平成12年に194番目に認定されたばかりの「新しい」伝統的工芸品だ。「認定を受けるために、印章技術が江戸時代からの歴史を持っているということを証明しなければならなかったんですよ」と横森省三さん。早速見せてくれたさまざまな資料から、甲州と手彫印章との関係が見てとれる。「山梨には水晶鉱が見つかったんです。それで江戸時代から水晶細工が始まって、水晶の研磨技術の中で印材も一緒に作るようになったんです。」水晶と印章、そして印伝。山梨で代表的なこの3つの伝統的工芸品はそれぞれの道を歩みながらも親密に関わりあってきた。横森さんのお店、日進印章のショーケースには、水晶でできた印章が印伝のケースに入って売られている。今では「印章王国」の名を欲しいままにする山梨。中学校などの卒業時にもらう印章の9割は山梨での生産だというほどだ。

    左から順に、赤い所が彫られていく。

    ハンコは唯一無二だからこそ、本当の意味がある

    職人は愛着を込めて印章を“ハンコ”とよんでいる。「ハンコが急速に日本に広まったのは明治以降。太政官布告の中で、一般市民、国民はハンコを使えといって以来です。それまで一般市民は苗字もなかったからね。」だがハンコ自体の歴史は鎌倉でも平安でもない、なんとメソポタミア文明の頃からあったのだ。そんな伝統あるハンコの世界も、今や機械化が進んできている。ではなぜ横森さんは手彫にこだわっていくのだろうか。「ハンコは唯一無二でこそ本当の意味があるんです。自分を証明するものなんですからね。機械に読みこまれている文字を使うやり方だと、誰が彫っても「山」は同じ「山」になっちゃう訳ですよ。でも手彫だと、同じ人が何回彫っても決して同じものはない訳ですよね。ハンコというのは2つと同じものがあっちゃいけないっていうのが当然の話だからね。」だからこそ、同一性をつくりづらくするために、あの難しい篆書(てんしょ)が使われているのである。「あなたの財産全部をこれ一つが守っている」ハンコにはそんな重みがある。

    印影を押してこそわかる手彫りの素晴らしさ

    印影。ぜひ一度本物を見てみていただきたい。さて、この手彫印章、印影を見させてもらうとその字の細さと美しい線に、ただただ驚くばかりである。鉛筆よりも細いくらいの文字がハッキリと、美しく赤でうつる。印章そのものを見ただけでは気づきえない繊細な文字の曲線美。これが自分の名前だったら。自分では決して書けないこの文字で、自分の名前を彫ってもらう。それを自分が好きに使える。一枚の紙に押された印影をみただけで、そんなワクワクした気分になれる。
    それにしても、これだけの細い文字をペンでもなく、筆を使って、はじめから左文字(鏡文字)で書くだけでなく、わずかなミスもおかすことなく、この細く美しい文字を彫り上げる。これこそまさに「職人芸」だ。
    横森さんは日本の文字の美しい線を表現してゆく芸術性に心うばわれているという。「仕事とは違うんですが、よく書道展の篆刻(てんこく)の部に応募して、そこで自分の技術を磨いてるんです。」お店の中には力強くて大きな判の作品が飾られている。

    • 読売書道展の特選をとった作品「獨行其道」

    ハンコの西洋進出に想いをはせて

    IT社会、ペーパーレス化が進む中、印章文化にも大きな変化が訪れている。電子取引が増え、紙での契約が省かれること、それはハンコを使う機会の低下に結びつく。そんな中、「ハンコはしっかりと根付いている日本の文化だからちゃんと残っていくだろう」、と思う一方、「ハンコの西洋進出も、ハンコというものの魅力を探る一つの試金石かもしれない」との思いも抱く。ドイツで印章製作の実演をした時、ドイツ人が想像以上に喜ぶのをみて、西洋進出への一つのヒントを得たそうだ。海外で着々と注目を浴びつつある日本の伝統的工芸品。「いつの日か西洋でも、サインの代わりにハンコをつきだすような若者が現れること、そんな夢を持っていますね。」

    横森さんのお店、日新印章。お店兼工場。

    職人プロフィール

    横森省三

    この道45年。
    「技術も大変ですけど、文字の美しさの表現が一番苦労しますよね」

    こぼれ話

    自分らしく、一生モノの手彫印章

    普段何気なく使っているハンコ、どんなものを使ってますか?押した時、何かうれしさ感じてますか?ハンコを押した時、白い紙に紅一点。ハンコのもつ赤の重み、ハンコの赤の美しさ。一枚の白い紙に、最後の判を押すことにより、バランスがとれ、意味が生まれる。ハンコの持つ意味、それはあなた自身の証明です。趣味の印として気軽に押すこともあれば、保証人として重みのあるハンコを押すときもあります。でもどんな時でもこの国において、ハンコを押すということは自分の意思の表明です。
    自分の身代わりになるハンコ。せっかくだから自分らしい一生物を作って持ってみませんか?極められた線の細さに曲線美。しかもそこに自分の名前が彫られていたら・・・うれしくて、押すのが楽しくなるようなハンコそれが、手彫の印章です。

    • このようにして文字が手彫りされていきます

概要

工芸品名甲州手彫印章
よみがなこうしゅうてぼりいんしょう
工芸品の分類 その他の工芸品
主な製品印章
主要製造地域甲府市、西八代郡市川三郷町、南巨摩郡増穂町、身延町、中巨摩郡昭和町他
指定年月日平成12年7月31日

連絡先

■産地組合

山梨県印章店協同組合
〒406-0032
山梨県笛吹市石和町四日市場1569
やまなし伝統工芸館内
TEL:055-263-7240
FAX:055-263-7240

http://www.chuokai-yamanashi.or.jp/bussan/archives/1055

特徴

水晶研磨術に含まれた水晶印材の製造と、印面に文字を彫る技術の発展は、ツゲ材、水牛材等にも及び、他県に見られない産業形態を構成しています。印材メーカー、印面彫刻業者、販売業者等、山梨県内にすべての業者が集まっており、現在も同様の形態で推移しています。

作り方

主要工程は、原材料のツゲ・水牛と水晶とで若干異なりますが、印面の調整、印稿、字割、字入、粗彫、印面調整、字直、仕上げ等多岐にわたっています。また、起底刀、判差刀、丸刀、平刀、さらい刀、小槌、彫刻台、棒台といった昔ながらの道具を使って、それぞれの工程が手作業で行われています。字入や字直し等特に熟練の手作業を経た印章による印影には唯一無二の趣があります。

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