京扇子

扇の始まりは平安時代初期に遡ります。当時使用されていた「木簡」という木の細く薄い板を何枚かつなげて、現在の扇の形にしたものが始まりだと考えられています。
薄いヒノキ板を重ね綴ったことから「桧扇(ひおうぎ)」と呼ばれる扇です。次に竹と紙で出来た「紙扇」が作られ、13世紀頃には中国へ輸出されました。それがさらにヨーロッパへと伝わり、西洋風の扇になりました。ヨーロッパに根づいた扇がその後日本へ逆輸入され、「絹扇(きぬせん)」を生み出しました。

  • 告示

    技術・技法

    1 板扇にあっては、次の技術又は技法によること。
    (1)木板加工は、縦割りをした後、「脇おろし」及び「緘尻形成」をすること。
    (2)加飾をする場合には、「胡粉塗り」及び磨きをした後、「箔押し」、「染め」又は絵付けによること。この場合において、絵付けは、手描きによること。

     

    2 貼扇にあっては、次の技術又は技法によること。
    (1)扇骨造りは、次によること。
     イ 竹材を使用する扇骨にあっては、「扇骨一本仕立て」又は「扇骨連仕立て」をした後、白干し及び締直しをすること。
     ロ 象牙又は牛骨を使用する扇骨にあっては、「扇骨一本仕立て」によること。
     ハ 磨き及び「末削」をすること。
     ニ 加飾をする場合には、「彫り」、「染め」、蒔絵又は漆塗りによること。
    (2)地紙加工にあっては、「糊地加工」又は「合せ地加工」によること。
    (3)生地加工にあっては、「どうさ加工」をすること。
    (4)地紙又は生地の加飾をする場合には、「箔押し」、「はき」、「切箔振り」、「砂子振り」、「分金」又は絵付けによること。この場合において、絵付けは、手描き、「版木つき」又は「木版画摺り」によること。
    (5)折加工は、「素折り」、「型折り」又は「板折り」によること。
    (6)仕上げ加工は、「紙扇仕上げ」にあっては、「中附け」又は「外附け」により、「絹扇仕上げ」にあっては、「附け」によること。

     

    原材料

    1 板扇にあっては、次の原材料を使用すること。
    (1)素材は、ヒノキ、スギ又はビャクダンとすること。
    (2)箔は、金箔、銀箔又は錫箔とすること。

     

    2 貼扇にあっては、次の原材料を使用すること。
    (1)扇骨の素材は、マダケ、ハチク、モウソウチク、象牙又は牛骨とすること。
    (2)地紙は、和紙とし、生地は、絹織物又は綿織物とすること。
    (3)箔は、金箔、銀箔又は錫箔とすること。
    (4)漆は、天然漆とすること。

     

  • 作業風景

    京扇子は素材・製法によって板扇と貼扇に分けられます。貼扇は、更に紙扇と絹扇に分けられます。扇子の材料は竹と紙(絹)。完成するまでには、普通1カ月くらいかかります。

    工程1: 扇骨(せんこつ)加工・胴切り

    京扇子の扇骨は丹波の真竹が良いとされています。切り出された竹を、節を除いて輪切りに裁断します。

    工程2: 割竹

    蒸しあがった竹を扇骨の幅に合わせ、型で寸法を取りながら割小刀(わりこがたな)と槌(つち)を使って、細かく割っていきます。

    工程3: せん引

    荒削りで内側の白い実の部分と外側の皮の部分とに分けます。皮の部分の両面を更に薄く削る「仕上げ」を行い一昼夜乾燥させます。

    工程4: 目もみ

    薄く割揃えられた扇骨に、要(かなめ)を通す穴をあけ、竹串または鉄串に数十本づつ通していきます。

    工程5: あてつけ

    目もみした扇骨を台の上でノミと包丁で削り、扇骨の形に仕上げていきます。

    工程6: 白ほし

    あてつけで削られた扇骨は屋外で日光に当て乾燥させます。

    工程7: 磨き

    乾燥させた扇骨に磨きをかけます。

    工程8: 要打ち

    目明けされた穴に要を通します。末削をし、扇骨は完成。仕上加工へと回されます。

    工程9: 地紙加工

    「合せ地」においては、2層に分かれる芯紙を中心に、和紙を貼り合せていきます。「へら口あけ」の時に、芯紙が無理なく2層に分かれるよう糊加減します。
    貼り合わせた和紙を乾燥させます。乾燥した地紙は、扇形に裁断し、問屋(扇屋)によって加飾加工へ回されます。

    工程10: 加飾加工・箔押し

    金箔で加飾する場合は、扇形に加工された地紙に金箔を押して(貼って)いきます。鹿皮の上でヘラを使って金箔を裁断し、扇面に散らして貼ったり、文様型に箔押しします。扇面一面に極薄の金箔を一枚づつ貼りつめていく「無地押し」の技法は極度の熟練を要するもので京都ならではのものです。

    工程11: 上絵・木版画摺り

    何枚にも貼り合わされ、扇形に裁断された和紙に絵付けを行います。顔料で色合わせし、連筆や刷毛を使って手描きします。その他、型刷り込みや京都独特の「つき版」を使って加飾し、折加工へ回されます。

    工程12: 折加工

    貼り合わされた和紙を2枚にはがす、(へらくちあけ)という作業を行います。適当な湿り気を与えた地紙に、扇の骨の数にあわせた折型をあわせ、手前から折り込みます。

    工程13: 中差し

    へらくちあけではがした部分に、差し竹という細い竹を使って中骨を入れる道、空洞をつくります。

    工程14: 万切

    地紙の天地の不要な部分を切落とし、仕上加工へ回されます。

    工程15: 仕上加工・中附け

    中差で空けられた空洞を口で吹き(地吹き)、その隙間に糊をつけた中骨を差し込み、地紙と中骨を接着させます。骨の数が多くなるほど穴は小さくなるので、熟練を要します。

    工程16: 親あて

    万力掛けした扇子の親骨に熱を掛け、“ためかわ”を添え、内側に曲げます。親骨の内側に糊を施し、地紙の両端に貼り合せて完成。「親ため」の技術が、“パチン”と音を立てて閉じる京扇子をつくります。

     

  • クローズアップ

    洗練された手仕事から生まれる奥深い美の創作

    京都で生まれ、日本文化の風情を代表する扇子。人のこころに華やかさと安らぎを与える京扇子は、貴族社会の象徴として平安時代に桧扇として発展した。冬扇・夏扇(桧扇・蝙蝠(かわほり)扇)をはじめ、室町以降は香道・茶道・舞踊とそれぞれに用いられる扇が作られてきた。

     

    竹と紙の造形美に工房を訪ねる

    京扇子の製作工程は細かく分業化されており、扇骨(せんこつ)加工・地紙加工・加飾加工・折加工・仕上加工と、それぞれ専門の職人によって分業化されている。今回の取材では扇子の素材そのものである「竹」と「紙」にスポットを当て、扇骨と加飾の工房を訪ねた。

    様々な形をした絹扇の扇骨。これまでに作ったものを巻物状にして保存している。ちょっとした図鑑並のコレクションだ

    昭和の時代背景をそのままに生きて

    扇骨師、滝下勝明さんは、紙扇と絹扇双方の扇骨を作る数少ない職人。一口に扇骨と言っても、通常この工程で職人は「紙扇」と「絹扇」の扇骨師に細分化される。異例とも言える2種類の扇骨を作るきっかけとなったのは、「これからは紙扇だけしか出来ない、というのでは立ち行かないかもしれないから、絹扇の骨の作り方を教えておく」という親方の一言だった。昭和25年終戦後の動乱の中、当時18歳だった滝下さんは郷里富山から「手に職をつけたい」と京都へ。数ある職業の中から、扇子の骨を作る仕事に惹きつけられる。当時職人は世襲制で、扇骨師の子供は12歳頃から親方のところに修行に出た。数年間の無給での修行が終わると、お礼奉公が約1年。そういう時代だった。入門時18歳だった滝下さんは、すでに手が硬くなりかけていて、親方に教えられても思うようにうまく道具が扱えなかった。住込みでの修行。休みの日に遊びに行けるような余裕も、お金も無かった。年下の兄弟子たちが遊びに行くのを見送りながら、ひたすら道具を握り続ける。そんな修行時代だった。昭和30年代、クーラーが出始める。夏扇の扇骨を作る仕事は激減し、同業者の廃業が相次ぐ。親方から「自分の人生やから、この業界に留まれとは言えん。自分でどうするか決めてくれたらええ」と言われた。ショックだった。「今思えば、あの時そう言われた私より親方の方が辛かったと思います。手塩に掛けて育てた弟子を手放さないかんかった訳ですから」2日か3日か、これまでに無い程悩んだ。「けど、修行時代があまりにも辛かったので、そこで辞めることができなかったです」後2~3年様子を見てからでも辞めるのは遅くないと、続けること決意した。

    要穴をあける道具。滝下さんと一緒に働いてきた。年季の入った道具が並んでいる

    人に喜んでもらえる仕事を

    18の時、初めて京都に出てきた時見た「蝙蝠(かわほり)」。「いつか自分もこういう扇が作れたらなあ」と思った。「この世界に入るきっかけとなった」その扇を、去年滝下さんは作品展に出した。「これを自分も作れるようになったんだなあと思うと心に感じるところ」があった。握り・開き・締まり具合と扇の実用面での要となる扇骨。職人として「残りの人生を、1つでもいいもの・ひとつでも納得のいくものを作りたいです。“これはいい扇だなあ”と人に喜んで貰えるものを作りたいです」と結んだ。

    「蝙蝠(かわほり)」滝下さん作。この扇に惹かれて扇骨師となった。「扇は1人では作れないもの。皆さんの協力を得て作らせて貰えるようになったことが嬉しい」と言う

    地紙に鮮やかな色をのせる上絵

    「東京オリンピックの時には、万からの扇を仕上げました。紙は重たいから、天井が抜ける言うて二階の仕事部屋に紙は置かれへんほどでした」舞扇の上絵師 香川数豊さんは、箔押しが専門の奥様と二人、机を向かい合わせて上絵を描いてきた。毎年歌会始の御題が決まると、それぞれの家元から「踊り始め」の扇について相談が来る。御題に掛けた図案は、家元の好みを考慮し数枚の見本を作る。難しいのは色合わせ。「この古扇の色目を」と指定されても、上絵の顔料は経時変色が激しいため、新しい顔料で経時変化した色目を出すことは至難の技。通常は3~4色の色を重ね色目を作っていくが、ものによってはこの作業だけで半日かかるという。「面白い話があってね」と香川さん。「ピース(煙草)の箱に描かれた青」で色の指定がきた時のこと。色目を合わせ何度持って行っても「違う」と言われる。しかしどう見ても手元にある「ピースの青」と「扇の青」は同じ。考えあぐね「この青とピースの青は私の目には同じなんです」と煙草の箱を持参すると、実はお互いが持ち合わせていた「ピースの青」は印刷色が違っていた。色目にこだわり続ける香川さん。百貨店に行っても「ついつい着物・洋服・小物など“色の流行”に目が行く」のだという。「好きで始めたことやから」。この道50年。ぼかし、霞がけ。現役73歳の絵師の筆先から、西川流を主として各流派の舞扇に美しい流線が描かれていく。

    • 連筆・刷毛など、様々な幅・太さ・長さの筆が並ぶ香川さんの仕事机

    • 春らしい桜文様の型紙。時には絵筆を刃物に変え、自ら型紙を作った。右は、大手企業の夏の贈答品として作られた扇の木版。力の入れ具合によって、色がかすれ味が出た。手作りの温もりは木版ならでは

    職人プロフィール

    滝下勝明 (たきしたかつあき)

    昭和9年1月20日生まれ。
    京扇子扇骨師
    伝統工芸士
    京都市伝統産業技術功労者
    現在、京都扇子団扇商工協同組合理事を務める。

    親方から受継いだ伝統の技巧。目もみした骨に「あてつけ」をする滝下さん

    香川数豊 (かがわかずとよ)

    昭和3年1月1日生まれ。
    京扇子上絵師。
    京都市伝統産業技術功労者
    京扇子伝統工芸士会会長
    京都扇子団扇商工協同組合副理事長

    鮮やかな赤地に金の霞をかける。舞扇の他に夏扇・茶扇の上絵も描いてきた香川さん。筆を握ると別人の様に厳しい目になる

    こぼれ話

    扇のある風景

    扇のある町並み
    かつて「骨屋町(ほねやまち)」とまで呼ばれた岩上通り。この界隈全体に扇骨師が住み、真竹を打ち、竹を削る音が昼夜を問わず響いた。晴れた日には、目打ちした扇骨を近隣に干すのが有名で、観光バスで紹介されるほどだった。少しでも仕事場に近い所に扇骨を干そうと、職人たちが競って場所取りをした。町並みに漂う、水につけ置きされた「竹」独特の匂いも風物詩のひとつだった。扇に心を描きとめる
    扇は携帯できる美術品。人生の節目に、その時々の新鮮な心を扇に記してみてはどうだろう。ものごとに初めて第一歩を踏み出す。その瞬間の“初心忘るるべからず”。言葉でも、絵でもいい。自分自身の決意や、想いを扇の上絵に写す。くじけそうになった時、辛くて下ばかり見てしまう時。新たな目標を掲げた時。扇に記された“一言”が自分の進もうとする方向を示してくれるかもしれない。

    扇の上絵を絵付けさせてくれる体験教室もある。京都を訪れた記念に、その季節・その時の思いを描きとめてみるのもいい。

    • 数は少なくなってしまったが、今でも晴れた日には扇の骨を干す風景が見られる。

     

概要

工芸品名 京扇子
よみがな きょうせんす
工芸品の分類 その他の工芸品
主な製品 招涼持ち扇(しょうりょうもちおうぎ)、儀式扇、芸事扇、飾り扇
主要製造地域 京都市、宇治市、亀岡市、南丹市
指定年月日 昭和52年10月14日

連絡先

■産地組合

京都扇子団扇商工協同組合
〒606-8343
京都府京都市左京区岡崎成勝寺町9-1
KYOオフィス
TEL:075-761-3572
FAX:075-761-3573

http://www.sensu-uchiwa.or.jp/

実店舗青山スクエアでご覧になれます。

特徴

良く吟味された材料の竹や紙を用いた、確かな手仕事から生まれる小さな工芸品には、表面的な美しさだけではなく、その風合い、持ち味等、実用品こそが持つ様々な「美」があります。

作り方

一般的な紙扇の場合は、扇面(せんめん)和紙に箔、砂子、上絵等の飾り付けを施し、折り型を用いて骨の数に合わせて折り目を付けていきます。その後扇骨の通る隙間を地紙にあけ、糊を付けて中骨を差し込みます。最後に親骨と言われる両端の骨を糊付けします。

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