播州毛鉤

江戸時代末期に京都から技法が導入され、農家の副業として守り育てられて来ました。時代とともに製品の完成度を高めて、優れた釣りの成果を生むまでに技術が向上しました。
明治中頃には水産博等に出品して数々の賞を受賞し、以後、その品質は多くの釣り師の認めるところとなりました。今日では国内の毛鉤の大部分を生産する産地として、業界の先頭に立っています。

  • 告示

    技術・技法


    「底漆塗り」をすること。


    「金底」にする場合には、金箔を貼り付けること。


    テグス、羽枝、獣毛、毛髪及び金糸の固定には、しけ糸を用いること。


    胴巻きに用いる素材の一端を固定した後、つの付けをすること。


    鉤軸に巻き付ける羽枝は、小羽枝の遠列が常に外側になるように用いること。


    胴巻きは、「すきあけ巻き」、「つめ巻き」、「すきあけ巻き重ね巻き」、「つめ巻き重ね巻き」又は「ぼかし巻き」のいずれかによること。


    みの毛は、6本とすること。


    「玉付け」は、「漆玉付け」をした後、金箔を貼りつけて行うこと。

    原材料


    鉤は、鉄製とすること。


    漆は、天然漆とすること。


    使用する羽毛は、ニワトリ、カラス、アヒル、スズメ、キジ、カモの羽毛又はこれらと同等の材質を有するものとすること。

     

  • 作業風景

    毛鉤作りは、機械万能の現代も昔ながらの手細工一本槍の技法によって作り上げられ、100年以上の伝統と歴史を誇っています。わずか1センチ足らずの鉤に、数種類の鳥の羽枝を絹糸で巻きつける作業の習得には、10年以上の年月が必要です。全神経を手先に集中してできる毛鉤は赤、黄、金と繊細華麗な美術品ともいえます。毛鉤の製造工程の主な点を見てみましょう。

    工程1: 底漆塗

    漆練り台で漆と光明丹(または砥の粉)を畳針で練り合わせ、それを絵筆の先に付けて鉤の胴(5ミリ程度)の部分に塗り付けた後、その鉤を鉤掛用クシに差し込み乾燥させます。

    工程2: 金箔張付け

    塗り上げた漆の乾口を見計らって、鉤掛用クシから取り外した鉤を左手に持ち、右手のピンセットで金箔を挟み胴の部分に置き、鉤を回しながら小鳥の手羽(または毛筆)で張り付けます。

    工程3: 先漆玉付け

    漆練り台で漆と光明丹(または砥の粉)を底漆塗りよりも、やや固めに練り合わせ、畳針の先端に付け、鉤の先(底漆塗りした部分の先部)に玉(直径1ミリ程度)になるように形造り、鉤掛用クシに差し込んで乾燥させます。

    工程4: 金箔張付け

    金箔を5ミリ程度の正方形に切り分けその1枚をピンセットを用いて、漆の乾口を見計らって先漆玉付けの部分に置き、小鳥の手羽(または毛筆)を上下に動かしながら張り付けます。同時に鉤を回して不用の金箔を払い落とします。

    工程5: しけ糸付け

    1~4号工程を終え自然乾燥(30日以上)した鉤をクダの最先端に挟み込み、その鉤の背中のカカリを中心に、しけ糸(33センチ程度)を上に3回下に3回、上下1ミリ程度につめて巻きます。

    工程6: テグス付け

    しけ糸を上から3回巻いたところに、テグス(33センチ程度)を鉤の腹にそわせて置き、しけ糸を鉤のカカリまで3回つめて巻きます。次にテグスの先(5ミリ程度)を鉤のカカリの方へ折り曲げて、その上にしけ糸を6回程度つめて巻きテグスが鉤から抜けないように固定します。

    工程7: 先巻き

    鉤先の上(虫の尻の部分に当たる)から、ニワトリ尾羽の羽枝の長い方を1本取り小羽枝の遠列が常に外側になるように、左手の人差し指と親指の先で持ち、鉤の内側下方から外側上方へ7回程度つめ巻きをします。

    工程8: ツノ付け

    虫全体の形態のうち、尻の尾に見せるために取り付けます。スズメ初列風切羽を用います。

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    工程9: 胴巻き

    昆虫の胴体に当たる部分を作ることを「胴巻き」といいます。鉤に漆や金箔と先玉を付けたあと、細かい鳥の羽毛を一本抜き取って巻いていく作業。胴巻きの作業は5種類に分けられます。1)すきあけ巻き:均等に隙をあけて巻きます。2)つめ巻き:びっしりと詰めて巻きます。3)すきあけ巻き重ね巻き:すきあけ巻きの上から更に3~6回の隙をあけて巻きます。4)つめ巻き重ね巻き:詰めて巻いた上に同じく隙きをあけて巻きます。5)ぼかし巻き:全体の3分の2は隙をあけて巻き、残りの3分の1のさらに半分をやや詰めて巻き、最後を詰めて巻きます。

    工程10: ミノ毛付け

    元巻きのあとにミノ毛付けします。なごやコーチンの腰毛を一枚、羽枝をよく並べて6本取ります。そしてミノ毛が鉤全体を囲むように取り付けます。

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    工程11: 漆玉付け

    漆練り台で、漆と光明丹を畳針で固めに練り合わせます。畳針の先端に漆を付け、テグスを持って鉤を回転させながら虫の頭になる部分を宝珠型になるように形造り、鉤掛用クシに差し込み乾燥させます。

    工程12: 金箔張付け

    金箔を1センチ×0.5センチ程度の長方形に切り分け、その1枚をピンセットを用いて、漆の乾口を見計らって漆玉付けの部分に置き、小鳥の手羽を上下に動かしながら張り付けます。同時にテグスを回して不要の金箔を払い落として、完成です。

     

  • クローズアップ

    繊細さの極み・播州毛鉤

    毛鉤は、水生昆虫を模した擬餌針の一種であり鮎釣りに用いられる。しかしその繊細な美しさは釣りのためばかりでなく、人間自身の美の追求の結果ではないだろうか。播州の毛鉤職人に伺ってみた。

     

    作業にも材料にもこだわりが大事

    「体調の悪い時には作らない」とはこの道40年の竹中さん。体調の悪い時にはいい毛鉤は作れないのである。わずか1センチ足らずの釣り鉤に、数種類の鳥の羽を絹糸で巻きつけていくのに集中力は不可欠だ。同時に竹中さんが、それほどこの仕事を大事にしておられるのがわかる。工程の最初の段階で鉤に金箔を張り付けるが、これはあとで羽根を巻いた隙間から見えることを想定している。またなぜ1本の羽枝を、表側を表面にして巻くのか。それは羽枝の表面に細かい毛が密集しており、こちらを表面にして胴にまいていくと、きれいにケバ立っていくからである。「ツノ付け(尻の尾に見せるためにつける)のときは、羽が黄色いキリスズメだけをつかうことになっている。しかしこの鳥は保護鳥になっていて確保が難しい。」と竹中さん。雉の羽も使うが、雄だけで雌の羽は使わない。高麗雉も入ってくるが、光沢が違う。なぜ作業にも材料にもこだわるのか。例えば普通の人には鉤の「茶熊」と「清水」は見かけは変わらないが、水の中に入ったら変わるのである。外と水の中では形が違うのである。どう変わっていくのか想像して作っていかないと釣れる鉤は作れないことになる。

    • 作業に集中する竹中さん

    • 制作に使う鳥の羽

    なぜ500種類もの針が

    毛鉤の種類は500以上あるが、なぜそんなに多いのだろうか。それはいろいろな自然環境・条件に合う毛鉤が求められたからだ。季節・天候・時刻・水質・水色・水深などに適応する毛鉤が必要だった。例えば、曇りや雨の日や深いところで釣る場合は明るい、赤っぽい毛鉤がよく釣れるからである。魚と人間の知恵比べの歴史ともいえる。今実際は200種類位が使われている。「これまで150種類は作ったが、500種類の見本を作るのが目標だ」と竹中さん。今使われている当たり針(コンスタントに釣れる)は10種類位。「青ライオン」「八ッ橋」「清水」「茶熊」「赤熊」などがそうだが、毎年2~3種類ずつ変わっていっている。竹中さんはいつも、釣れる鉤つくりを目指してデータ分析を怠らない。毎年お盆の終わり頃まで集計し、どの針が売れているのか、売れていないのかを分析し、売れ筋を検討する。また釣り人からの個人注文や情報も非常に重要である。これらを総合して次年度の生産計画を立てるのである。そして翌年の解禁までに作り上げる。ニーズの変化に対応して新作にも挑戦しているが、今年の新作は企業秘密とのこと。

    ミクロの世界の芸術品「毛鉤」

    毛鉤の魅力にとりつかれた人が徐々に増えている

    河川の汚染により鮎が減り、また不況の影響で毛鉤の売上が減ってきていた。しかし最近毛鉤を使う人が増えてきている。鮎の習性が変わって友つりでは釣れなくなってきたらしい。また2~3年前より鮎がよく釣れる川も増えている。しかしなによりも毛鉤を使ってのドブ釣りの楽しさのとりこになる釣り人が増えてきている。繊細で華麗な毛鉤を使って、鮎との知恵比べを楽しむファンが増えてきているのだ。そして毛鉤そのものの美しさに引かれる釣り人も増えてきている。釣り人のなかには派手な糸を使うよう要望する方もおられるが、竹中さんは釣り人の購買意欲を上げれるのならと新作品にも取り組んでいる。だんだん虫に似せるのが難しくなっていきますねとたずねると「鮎毛鉤は擬餌針には違いありませんが、虫には似ていないんです」とびっくりする返事が返ってきた。作り手側の、美しい毛鉤を作ろうという意識が毛鉤を作らせ、必ずしも虫に似せることにこだわっていないのである。まるで鮎が毛鉤の品評をできると想定して挑戦しつづけるかのようである。これからも時代に合った毛鉤を探し、作り続けて行くに違いない。こうして制作された毛鉤を見ると、単なる毛鉤というより、まさに人間の美に対する追求の極みとでもいえるのではないだろうか。

    わずか1cmの針に神経を集中させる

    職人プロフィール

    竹中健一 (たけなかけんいち)

    伝統工芸士。
    この道40年。自信と謙虚さがにじみでています

    こぼれ話

    播州毛鉤の歴史

    芸術品といえるほどまで昇華してきた播州毛鉤。ルーツはどこなのでしょうか。その歴史をふりかえってみます。

    播州毛鉤の歴史
    京都で発展した毛鉤がどうして播州・西脇で生産されるようになったのでしょうか。この地は江戸時代天保年間(1830~1844年)頃、京都と山陰道・京都山陽道を結ぶ京街道の通る交通の要所(京都~亀岡~篠山~西脇~加古川~高砂~四国)でした。それだけに京都との交流が密接で、毛鉤の発祥地である京都からの技術・技法が伝えられてきたのです。一つには地元行商人が伝えた説があります。一方当地から京都へ数多くの人が奉公に出向き、そこで毛鉤の製法を習い、西脇へ帰ってきて生産量を増やしたともいわれています。そうして、農業の閑散期を利用して、盛んに生産されるようになったのです。この時代は現在のように高度な製品は作られていなかったのですが、明治の終わりから大正にかけて技術の向上がめざましく生産が増大しました。昭和20年以降、毛鉤が最もよく売れた時代は昭和22年~30年頃でした。そして35年から少しずつ下降線をたどっています。最近では昭和50年代と比べると60%にとどまっています。いくつかの原因があげられますが、まずは自然環境が悪くなっていることです。次に河川の上流にダムが出来て水が流れてこないこと。河川が整備されて魚(あゆ)が生殖する環境にないこと。つまり魚が生きられる環境でなかったということです。現在の年間生産額は2.5億円、全国の95%以上を占めています。最近は環境の見直しもされ、少しずつ魚(あゆ)が戻ってきた川もでてきました。毛鉤に対する関心も高くなってきており、今後再び需要の増加が見込めつつあります。

    • 風情ある昔ながらの鮎釣りスタイル

    • 鮎との知恵比べが今も続く

     

概要

工芸品名 播州毛鉤
よみがな ばんしゅうけばり
工芸品の分類 その他の工芸品
主な製品 毛鉤
主要製造地域 西脇市、丹波市
指定年月日 昭和62年4月18日

連絡先

■産地組合

播州釣針協同組合
〒677-0015
兵庫県西脇市西脇990
西脇経済センタービル内
TEL:0795-22-3901
FAX:0795-22-8739

http://www.bantsuri.com/

特徴

毛鉤作りは、魚の種類と季節、天候、水深、水質等の自然環境により合ったものを作ることが大切です。これを追求して1,000以上の種類の毛鉤を作り上げられました。全神経を手先に集中して、水生昆虫そのままを真似て作り上げた、美しい色をあしらった幻想的な工芸品です。

作り方

わずか1cm足らずの鉤に、数種類の鳥の羽根を絹糸で巻き付けます。次に先から根元へ次第に大きく巻き上げていきます。最後に漆玉を作り金箔をはると、今にも飛び立ちそうな水生昆虫にそっくりな製品が出来上がります。

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